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西武新宿駅はなぜ新宿駅から400mも離れているのか? 設置の背景には手に汗握る奮闘と涙があった

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アーバン ライフ メトロ

二度目のチャレンジは「地下化」

 しかし、ここで大きな問題が起こります。ホームが狭すぎたのです。  新宿歴史博物館(新宿区四谷三栄町)の資料によると、ホームが「島式」のものを1本予定していたことがわかります。入ることのできる電車は、最長6両編成でした。  これは大誤算でした。経済成長の中で西武線沿線は住宅地としての開発が進み、通勤通学客を運ぶには8両編成のは必須だったのです。  しかし出来上がったホームは6両が限界で、ホームも増やせません。結果、1965年にこの乗り入れ計画は断念されました。  ならばと、次に考えられたのが地下化です。  この計画は壮大で、上石神井駅から約13kmのトンネルを最大深度65mに建設。現在の西武新宿駅よりも300m南に地下ホームをつくって新宿駅との距離を縮めようとするものでした。  この計画はかなり具体的で、国の認可を得た上で、1988(昭和63)年5月から運賃に工費の一部上乗せを始めました。予定では1993(平成5)年に着工し、4年後に完成することになっていました。

現在「再開に向けた動きなし」

 しかし、この計画も頓挫してしまいます。  ボーリング調査を実施したところ地下水の水位が高く、予定の倍の工費がかかることがわかってしまったのです。  それでも、景気が上向いていた時代にはなんとかなると思われていました。そのため1990年代初頭には、「もうすぐ、西武線もJRと接続して便利になる」という話が盛んに行われていました。  しかし、バブル崩壊による利用者の減少が原因で倍の工費を支払うことは困難と判断され、計画は1995(平成7)年に延期となりました。  その後、もとは貨物駅だった現在のタカシマヤタイムズスクエア(渋谷区千駄ヶ谷)の土地を西武が取得して、デパートと駅を建設するという構想もありましたが、それも果たせませんでした。  現在の動向について、2018年の『読売新聞』の取材で都交通企画課の担当者は 「現在は凍結状態。再開に向けた動きはない」 と話しています。  悲願を果たせなかった西武鉄道ですが、プラスの効果も生み出しました。  それは歌舞伎町のターミナルとなったことです。開業した1952(昭和27)年当時、歌舞伎町は発展途上。スケートリンクや映画館の開業が相次いでおり駅ができることでにぎわうことが期待されていました。  この場所に西武新宿駅が存在しなければ、現在の歌舞伎町のにぎわいはなかったかも知れません。なにが幸いするか、世の中わからないものです。

小西マリア(フリーライター)

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