「とてつもなく誠実でフェア」芥川賞作家・村田沙耶香は“100万部小説”『パチンコ』をどう読んだ?
約30年かけて書き上げられた大河小説
「テーマに対して徹底的に真摯に向き合った、とてつもなく誠実でフェアな作品。ステレオタイプな人物はいなくて、みんなオリジナルの言葉を持ち、生々しく生きていると思いました」。村田さんは『パチンコ』をそう評する。 在日コリアンの4代にわたる大河小説は、1910年代初頭、日本に併合された朝鮮半島で幕を開ける。釜山の市場で出会った下宿屋の娘ソンジャと仲買人のハンスは愛し合い、ソンジャは子どもを宿すが、ハンスには日本に妻子があることがわかる。彼に別れを告げたソンジャは、お腹の子どもとともに知人を頼って日本に渡り、言葉もわからないまま大阪で新たな生活を始める――。
構想が浮かんだ大学時代から、約30年かけてリーさんはこの作品を書き上げたという。膨大な資料の精読と何百人もへのインタビュー、そしてそれをもとにキャラクターの似顔絵を描くところから執筆が始まる。 「私も小説を書くとき、まずは登場人物の顔を描くんです。こう言うとたいてい笑われるのですが……。リーさんとお話しする前、作品を読んで感じた物語の“誠実さ”が、膨大で丹念なリサーチの上に成り立っていることがよくわかりました。うわべの悲劇だけでない、様々な側面を当たり前に併せ持つ人々の人生に心を打たれました。リーさんの書くことへの一途さと、ユーモアあふれる人柄に強く惹かれます」
テーマは「女性としての苦しみ」
“ニューヨーク・ムラタサヤカ・ファンクラブ会長”を自称するリーさん。日本でミリオンセラーとなり、『パチンコ』同様世界30か国で翻訳されている村田さんの芥川賞受賞作『コンビニ人間』を、今回の対談が決まる前から愛読していたという。 村田さんも、「私の小説の主人公はたいてい女性で、何かしら苦しみに縛られています。小説を書く上での大きなテーマが『女性としての苦しみ』なのですが、『パチンコ』に出てくる「苦生」(=苦労は女の宿命)に通じると感じました」と作品に共通点を見出す。 「リーさんは、『私には村田さんのファンの友人がたくさんいて、私がニューヨーク・ムラタサヤカ・ファンクラブ(笑)の会長なんです』と、通訳の方も交えてのオンライン対談に緊張していた私をジョークで和ませてくれました。『パチンコ』がきっかけで売れっ子になり、『うれしい』のではなく、『時間がなくなって“terrible”』と言っていたのもとてもチャーミングで、同時に環境が変わっても創作への真摯さを決して見失わない方だなあと思いました」 ◆◆◆ コロナ禍、なかなか人に会えなくなっていた村田さんは今回の対談を経て、やはり人と会って話すのが好きだと再認識したという。 「コロナが落ち着いたら、ファンクラブ会長に会いに来てください。ランチかディナーをご一緒しましょう」そう言ってくれたリーさんに会いにニューヨークに行く楽しみもできた。 「今は世界中が悲しみやショックに包まれていて私も心苦しく思っています。でも今回の対談を経て、より一層、実際に空間を共有して誰かと話すということに飢えていたんだな、と気づかされました」 2人にとって小説を書くことの意味、さらに、期せずして一致した、2人が書く上で立ち向かおうとしているものについてなど、1万km以上離れたニューヨークと東京を繋ぎ、話が尽きることのなかった対談「 日米100万部作家対談『パチンコ』×『コンビニ人間』 」の模様は「文藝春秋」10月号および「文藝春秋digital」に掲載されている。
「文藝春秋」編集部/文藝春秋 2020年10月号