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“世界のレフェリー“&幼保園総園長の島田裕二が激白! 高田×ヒクソン戦2日前の軟禁事件

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保育士の免許を取得 異業種へと転身

 かつてはPRIDE、K-1をはじめ、主要な格闘技のリングには欠かせない人物として、島田裕二レフェリー(53)の存在があった。ここ数年、リング上に姿を見かけないと思っていたところ、まさかの幼保園の園長に! “世界のレフェリー“にいったい何があったのか? YouTubeチャンネル「熱闘Tube」を主宰する“Show“大谷泰顕氏が直撃。レフェリー時代の苦労話や印象深い試合、タイガーマスクと名乗った人物から寄付された1000枚以上のマスクに関する話を含め、幅広く話を聞いた。 【動画】「高田延彦×ヒクソン戦とグレイシーレクチャー」“世界のレフェリー“島田裕二を直撃!

――島田さん、いつの間にか幼稚園の園長さんになっていたんですね! 島田 幼稚園じゃなく、幼保園ね。 ――あ、幼保園! 島田 (千葉県の)市川、行徳あたりだと(コンパス幼保園は)ブランドになったんでね。今度は船橋校もこの春から開校したら、その途端にコロナ禍に巻き込まれ、今はちょっと入園を控えている親御さんもいらっしゃる感じだから、夏を過ぎたら改めて入園活動をしようかなと思ってますけどね。 ――コロナだからしょうがないですよね、それは。 島田 そうだね。それよりこんな格闘技から離れた隠居してるような人に話を聞きに来るなんて大丈夫?(笑) ――いやいや、こんな状況だからこそ、改めて島田さんに話を伺ってみたいと思いました。 島田 連絡をもらった時には間違っているんじゃないかと思ったよ。あ、カネなら貸さないよ(笑)。 ――まったくそんな気はないです(笑)。島田さんに是非、最近の話とは別に、格闘技界に活気があった頃の話を伺えればなと。 島田 でもさ、もう記憶が飛んじゃっているところもあるから、間違ったことを言ったりしたら直しといてね(笑)。 ――わかりました。その前にまず、なぜ島田さんが幼保園を始めようと思ったのか? そこから教えてください。 島田 格闘業界って浮き沈みがあるじゃないですか。だけど、一番の原因はPRIDEが(2007年に)なくなって、『DREAM』が始まった頃かな。だんだん業界の勢いが落ちてきて、このまま続くのかってなった時に、子どももいるから何かをしなきゃなと思ってね。その時に、英語がしゃべれたので、英語を子どもに教えてひと稼ぎできないものかと思ったのが最初かな。 ――それがきっかけだったんですね。 島田 そこから学童保育を始めて、保育園のほうが待機児童も多いからニーズもあるから、そっちをやろうかと保育士の免許も取ってね。船橋で小さな保育園をやったりしながら力を貯めて今に至った感じですね。 ――保育士の免許を取っていることすら知りませんでした。 島田 レフェリーをやりながら保育士の免許を持っていたら、ちょっとカッコいいじゃないですか。 ――市川校はいつからスタートしたんですか? 島田 正式にオープンしたのが2018年4月だから、もう2年前かな。市川校は今、35人くらいの園児がいてね。ほぼ定員じゃないかな。  ――昔から島田さんは子煩悩な方だと思っていたので、らしい気はします。 島田 振り返ると90年代の頭にプロフェッショナルレスリング藤原組で格闘業界に入って、そこから格闘探偵団バトラーツ、それからリングスやPRIDEだったりK-1、DREAM、それからRIZINもそうだし、ONEでもレフェリーをさせてもらって、途中、ハッスルでも痛い目に遭ったりしてね(苦笑)。このまま、俺の人生大丈夫かなってなっていったのが今の道を選ぶ動機かな。 ――そんな島田さんに聞きたいと思ったのは、例えば一番最初のPRIDE(97年10月11日、東京ドーム)では、高田延彦×ヒクソン・グレイシー戦のレフェリーもされているじゃないですか。 島田 その頃のことで強烈に覚えていることがあるよ。 ――是非、教えてください! 島田 試合の2日前だったかな。ルールのことでヒクソンの奥さんのキム夫人にホテルに監禁状態にされて、ずーっと質問責めにされたこと(苦笑)。

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