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クールビズの原点、「半袖スーツ」を知ってますか

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NIKKEI STYLE

《ダンディズム おくのほそ道》服飾評論家 出石尚三

 19世紀の英国からフランスへと広がったダンディズムとは、表面的なおしゃれとは異なる、洗練された身だしなみや教養、生活様式へのこだわりを表します。服飾評論家、出石尚三氏が、著名人の奥深いダンディズムについて考察します。 【写真はこちら】大平元首相の半袖スーツ、いま見るとなんだかステキ?

■「涼しい仕事服」、石油危機で必要に

 大平正芳元首相は1910年、現在の香川県観音寺市に生まれました。今年は生誕110年にあたります。大蔵官僚から首相になるまで数々の難局を泰然と乗り越えた大平氏が今、生きていたとしたら、コロナ禍で右往左往する日本の政治をどう見るでしょうか。  戦後の歴代首相の中で、その風貌に「ほのぼの」という形容があてはまるのは大平氏くらいではないでしょうか。演説や答弁では「あー」「うー」と前置きをするので「アーウー宰相」と呼ばれ、讃岐の鈍牛とやゆもされました。ところが、実際は頭の回転が早く、読書家でインテリ。ユーモアにあふれ、有事に際しては、数々の奇策を打ち出した人物でもあったのです。  大平氏の人柄を示すエピソードとして有名なのが第2次大戦中の「国民酒場」です。44年、コロナ禍にある今の日本と同じく、料亭や酒場は休業に追い込まれました。大蔵省東京財務局の関税部長だった大平氏は余った酒が軍部に流れるのを遺憾に思い、公営の国民酒場を開かせたのです。1人あたり飲めるのはビール1本か日本酒1合だけでしたが、暗い戦時下にささやかな潤いをもたらしました。国民酒場には連日長蛇の列ができ、東京だけでもあっという間に100件を超えたといいます。実は大平氏本人は、まったくお酒を飲めない下戸でした。  さて、大平氏が78年に首相に就任すると、翌年には第2次オイルショックが起こりました。テレビ番組の放送自粛など、何かと節約に徹しようという「省エネ」ブームが巻き起こりました。そこで登場したのが、79年の「省エネルック」です。特徴は半袖・開襟のシャツと半袖の背広です。これは熱帯のスタイルをまねたといわれます。  首相の大平氏は自ら省エネルックを着用してメディアの前に立ち、国民にアピールしました。もっとも、それはあくまでデモンストレーションでした。大平氏自身はその後、省エネルックを着て公務にあたったわけではありません。

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