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「兜町の風雲児」原点は海運にあり 松井証券の運命を変えた “女神” との出会い

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NIKKEI STYLE

■口出ししない先代トップ

――松井証券に入ってから、常識破りの経営を次々、打ち出しました。先代は何も言わなかったのですか。 「岳父の松井武氏は、私が相談するといつも、それがいいと思うならおやりなさい。あんたの責任でね、と反対されたことは一度もありませんでした。ある時、妻に聞いたことがあります。君のおやじさんに相談しても、何かアドバイスをくれたことがない。俺は嫌われているのかなと。妻の答えはこうでした。『以前、父がこんなことを言ってたわよ。道夫さんがバカだったら、私が何を言っても無駄だ。道夫さんが利口だったら、何も言わなくても気づくはすだ。だから何も言わない』と。岳父は腹の据わった経営者だったと思います。私が社長を辞めて、その後は経営に一切口を出さないと決めたのも、岳父のこんな姿勢が影響しているのかもしれません」 ――奥様とはよく経営の話をされたのですか。 「たまにです。妻の言葉で印象的なのは、運のいい人と付き合いなさい、というものです。妻は、私は運のいい人がわかる、と言います。女性の直感はすごいですね。トップに必要なのは直感力と考えていますが、もうひとつ必要なのは、運だと思います。運は結局、気の持ちようなんです。先行きを悲観的に考える人は、できない理由を考える。そして論理的に悲観を語り、運を遠ざける。私は運が良かったと思うのは、97年に山一証券が経営破綻したことです。証券手数料の自由化を目前にし、ネット専業証券に移行するタイミングで山一が破綻、優秀な人材が何人も松井証券に入ってくれました。2000年に松井証券は個人投資家の主戦場とも言える信用取引で、野村証券を抜いて業界トップになりました。この時、一番喜んだのが、山一から移籍してきた社員たちでした。山一時代、手が届かなかった野村を、こんな小さな松井証券が抜いた、これほど痛快なことはないと」 ――トップリーダーに必要なものは、直感と運ですか。 「あとは哲学でしょうね。社長時代、私が最も緊張した場面は、欧米の機関投資家との投資家向け広報(IR)ミーティングでした。彼らは自分の運用成績が悪いと、すぐクビですから、必死です。松井証券が投資対象足りうるか、必死で見定めようとします。そんな彼らが何より重視するのが、トップの経営哲学でした。だからミーティングも真剣勝負です。資本主義についてどう思うかとか、これからの時代、格差は広がるか、など哲学めいた議論をよく吹っかけられました。彼らはこちらの反応をみて、器の大きさや度量を値踏みしているのです。こいつはダメだと思えば、会談中でもさっさと席を立ち、翌日には株が売却されます。ある日本の大企業のトップが欧州にIRに行ったとき、5分で相手が帰ってしまった。トップは激怒し、同行した大手証券の担当者はオロオロするばかりだったそうですが、海外の機関投資家との対面は、そのくらい真剣勝負で、いつも緊張しました」 ――厳しい世界ですね。 「もちろん、哲学を語る前に、きちんと数字で成果を示していることが大前提です。トップの評価は数字です。これは言い訳が効かない。私の社長時代の25年間は、累計の経常利益が3087億円、株式上場後、19年間の自己資本利益率は平均13.4%です。トップの通信簿としては、まずまずの成績だったと自負しています」

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