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【連載小説 第51回】新堂冬樹『動物警察24時』 TAP存続の危機

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本がすき。

いかなる理由があろうとも「動物虐待」など許さない! そんな人の心がひとつの組織となった。 動物を身を張って守る、それがTAPーー東京アニマルポリスなのだ。

「お話し中に、すみません」  左側上段のケージの犬の紹介を始めた西川を、璃々は遮った。 「いかがなさいました?」 「私達、もっと大きなワンちゃんがいいんです」  璃々は、脳内に浮かぶシナリオ通りの言葉を口にした。 「もっと大きな……ああ、小型犬ではなく中型犬ですね? それなら、こちらのゴールデンレトリーバーちゃんなどいかがでしょう?」  西川が、思いついたように胸前で手を叩いた。 「いえ、そういう意味ではなくて、生後二ヵ月前後の子犬ではなく四ヵ月以上経った子はいないんですか?」 「生後四ヵ月以上経った子ですか?」  璃々が切り出すと、西川が怪訝な顔で繰り返した。 「ええ。私達共働きなので、ワクチンが終わって身体も大きく丈夫なワンちゃんのほうが助かるんです。値段は別に、生後二ヵ月くらいの子と同じでも構いません。でも、そんな子はいそうもないですね」  ケージに視線を巡らせた璃々は、残念そうな表情で言った。 「あ、そういうことですね! ご安心ください! ちょうど今朝、到着したばかりのワンちゃんが数匹、奥の部屋にいるんです。もしかしたら、お望みの条件に合った子がいるかもしれませんので、ちょっと見てきますね!」  客になるとわかった途端、西川の瞳が輝き声が弾(はず)んだ。  璃々は、西川と警備員にわからないように天野に目配せした。 「よかったら、私も一緒に見てもいいですか? 自分の眼で、パートナーを選びたいんです」 「ご、ごめんなさい。できればそうしたいんですが、ご希望の生後四ヵ月以上の子がいるかわかりませんし、それに、到着したばかりなので身体を清潔にしなければお客様の前に出せないんです」  もっともらしい言葉を並べ、西川が懸命に取り繕(つくろ)った。 「そうですよね。わかりました。どのくらいかかりますか? 時間によっては、そのへんでお茶でも飲んできますから」 「三十分もあれば、お見せできると思います」 「わかりました。では、また、三十分後に出直してきます。じゃあ、行こう」  璃々は、西川に言うと天野の腕を取り店を出た。 「やっぱり、通報は本当ね」 「セレブケンネル」から三十メートルほど離れた雑居ビルのエントランスに入ると、璃々は天野に言った。 「そのようですね。このあと、どうするんですか?」 「まずは、生後四ヵ月以上の犬が出てくるかが問題ね。出てきたら、通報が真実か否かわかるわ」 「今日到着したというのが、本当の可能性はありませんかね?」  天野が不安げに訊ねてきた。 「ありえないわね。そもそも、犬の血筋や姿態にあれだけ拘(こだわ)る店が生後四ヵ月を超えた犬を仕入れるとは思えないわ。それに、いくら慌ててシャンプーできれいにしても、栄養状態は眼や歯茎に現れるから」  璃々は断言した。  勘というよりも、確信があった。 「じゃあ、立ち入り検査をするんですね?」 「そういうことになるわ。警備員がいたのが誤算だけど、大丈夫?」 「頼りなく見えても、警察官ですから。それに、社長は不在なようですし。必ず、北川さんがバックヤードに行けるようにしますので任せてください!」  天野が、右の掌で胸を叩いて見せた。 「頼りないなんて思ってないわ。ありがとう。私にとってラブ君は、最高に心強いバディよ」  心の底からの言葉だった。  涼太を巻き込めない以上、意志を貫くために一人で戦う覚悟を決めていた。  天野の存在は、いまの璃々には百人力だ。 「『セレブケンネル』から虐待されている子達を救うために、どんなことがあっても現行犯で証拠を押さえて見せるわ」  璃々は天野に宣言するとともに、自らにも誓った。           ☆ 「お帰りなさいませ」 「セレブケンネル」のドアを開けると、さっきはいなかったスーツ姿の男性が笑顔で出迎えた。  男性は、三十代に見えた。 「私、当店の代表で関谷(せきや)と申します」  男性……関谷が名刺を差し出した。  柔和(にゅうわ)に下がった目尻、きれいに櫛(くし)の入った七三分けの髪、色白で細面(ほそおもて)の顔、紺のスーツにストライプのネクタイ……第一印象は、好感の持てる青年実業家という感じだ。  ――あんなにいい人はいない、あんなに動物好きな人はいない、無償の愛に溢れた人だ、マザー・テレサの生まれ変わりのような人だ……オーナーと接する人はみな、口を揃えて称賛します。でも、オーナーには悍(おぞ)ましい裏の顔があります。  不意に、三吉智咲(みよしちさ)の言葉が脳裏に蘇った。 「この度は、『セレブケンネル』でソウルメイトを探してくださりありがとうございます」  関谷が、お腹に重ねた両手を当て恭(うやうや)しく頭を下げた。 「ソウルメイト?」  天野が訊ね返した。 「はい。世界中にこれだけの人間と犬がいる中で、飼い主と飼い犬の関係になるということは運命の出会い以外のなにものでもありません。この子達は、私達にみつけて貰うために天国から送られてきた天使ですよ」  神父のように悟りを開いた穏やかな笑顔で、関谷が言った。  智咲が言っていたように、関谷は天使と悪魔の二面性を持っている男だ。  だが、通報の内容を知らないで「セレブケンネル」を訪れ関谷に会えば、なんて動物思いの人だろうという印象を抱くに違いない。 「素敵な考えですね。私の希望したワンちゃんはいましたか?」 「お客様は、幸運の持ち主です。ちょうど、今朝到着したばかりの子がいました。連れてきてください」  関谷が言うと、奥から大きめの子犬を抱いた西川が姿を現した。 「この子は生後四ヵ月半の柴犬ちゃんです」  西川が言いながら、柴犬を正方形のサークルに入れた。  柴犬は尻尾を垂れ、ふらつく足取りでサークルの隅に行くと背中を丸めてお座りした。 「長時間の移動で、怖かったんでしょう。バンの荷台の暗闇の中、ブリーダーさんの住む千葉を出発して二時間あまり揺られてきたんですから。新しい環境に移って一週間もすれば、すぐに元気になりますよ」  関谷が、優しい眼差しで柴犬をみつめつつ言った。  慌ててシャンプーをしたのだろう、表面的な汚れは目につかないが脇腹にはうっすらと肋骨が浮いていた。  長時間の移動のせいにしているが、柴犬の様子や行動は明らかに人間にたいしての恐怖と不信感からきている。  燃え上がる怒りの炎を、璃々は懸命に鎮火した。  いまは我慢だ。  物言えぬ憐れな犬達を救うために、冷静に事を運ばなければならない。 「どうしたの? お姉ちゃんは怖くないよ~」  璃々は柴犬に近づき、幼児にそうするように話しかけた。  サークルの隅で身体を丸めた柴犬は、小刻みに震えていた。 「長時間移動してきたばかりの子は、いつもこうなんです。もともと柴犬ちゃんは神経質で人見知りな犬種ですから、なおさらなんですよ」  柔和な笑顔を崩さずに、物静かな声音で関谷が説明した。  彼に疑いを抱いていない状態で説明を聞いたなら、思わず信じてしまうかもしれなかった。 「そうなんですね。それを聞いて、安心しました。それより、少し、痩せてませんか?」  璃々は信じたふりをして、関谷にジャブを放った。 「はい。痩せてますね。でも、ご心配には及びません。親犬や一緒にいた仲間達のもとから離され、知らない環境にきたばかりの子犬は食欲が落ち、一時的に体重が減ることは珍しくありません。新しい環境に慣れて飼い主さんとの信頼関係が築ければ、食欲が出て体重も増えてゆきますよ」  否定も惚(とぼ)けることもせず、いったん受け入れた上でもっともらしい理由を並べて疑念を解いてゆく関谷の話術はたいしたものだ。 「この子、おいくらですか?」  璃々は、次のステップに移るために訊ねた。  柴犬の様子だけでも、三吉智咲の通報がガセネタでないことはほぼ証明された。  だが、まだ、十分ではなかった。 「本来は五十万円ですが、生後四ヵ月ということもあり特別に四十万円にさせて頂きます」  関谷が、恩着せがましく言った。 「よん……」  璃々は、さりげなく天野の手を握り力を入れた。 「十万円も安くしてくださるんですか!?」  璃々は、声を弾ませた。  もともと処分する予定の犬だから、璃々が値引き交渉すれば五万円でもノーとは言わないはずだ。  だが、璃々の目的はそこではない。  四十万円が四百万円だろうと、関谷に話を合わせるつもりだった。 「私達は、お金儲け目的でこの仕事をやっているのではありません。一匹でも多くの子達が素晴らしいパートナーと出会って、幸せな犬生や猫生を送ってほしいというのが切なる願いです」  関谷が、慈愛に満ちた瞳で璃々をみつめた。  犬や猫の幸せを願うと口にする裏で、ろくに餌も与えずに処分する男……関谷は二面性のある悪魔だった。 「オーナーさんみたいな素晴らしい人と出会えて、この店のワンちゃん猫ちゃんは幸せですね」  心にもないことを口にする男に、璃々も心にもないことを口にした。 「いえ、私は当然のことをしているだけです」  関谷が謙遜して見せた。  彼と接して悪く言う人はいないと、三吉智咲が言う意味がわかった。 「ところで、ご相談があるんですが……この子もかわいいんですけど、本当は洋犬を飼いたいなと思っていまして。値段は四十万円より高くても大丈夫ですから……でも、生後四ヵ月以上の子犬なんて、何匹もいないですよね? また、出直してきますから、そういうワンちゃんが入荷したら連絡を頂けますか?」  売れ残りの犬に大枚をはたく物好きな女――璃々はトラップを仕掛けた。 「因みに、ご希望の犬種はございますか?」  関谷の瞳が輝いた。 「どうしてですか?」 「確認しなければわかりませんが、犬種によっては四ヵ月以上の子が何匹かいるかもしれませんので」  トラップにかかった――璃々は心でほくそ笑んだ。 「逆に、どんな犬種がいるか教えて貰ったほうが早いかもしれませんね」  璃々は撒(ま)き餌(え)を投げた。 「わかりました。いま確認して参りますので、少々お待ちください。西川さん。お客様にコーヒーでもお出しして」 「あ、さっき飲んできたのでお構いなく」 「そうですか。では、なるべく急ぎます」  関谷は弾む足取りで、奥の部屋に消えた。  バックヤードに、売れ残りの犬や猫がいる――確信した。  璃々は天野に目顔で合図すると、バックヤードに足を向けた。 「あ、お客様、お手洗いはこちらになっております」  西川が、慌てて璃々を引き止めた。 「私も、どんなワンちゃんがいるか見たくて」 「困ります!」  西川が、血相(けっそう)を変えて璃々の行く手を遮った。 「どうしてですか?」 「ここから先は関係者以外、立ち入り禁止になっております」 「でも、僕達はワンちゃんを買うわけですから特別にお願いしますよ」  天野が西川の横をすり抜けようとすると、警備員が駆け寄ってきた。 「お客様、こちらへどうぞ」  警備員は、言葉遣いこそ丁寧だが天野の腕を掴みフロアに引き戻そうとした。 「離してください。客に、暴力を振るうんですか?」  天野が、腕を振り払おうとしたが警備員は離さなかった。 「そこを通してください」  強行突破しようとする璃々の手首を、西川が華奢(きゃしゃ)な腕からは想像がつかないほど物凄(ものすご)い力で掴んだ。 「離しなさい!」  璃々は西川と揉(も)み合った。 「あんた、なにをやってるんだ!」  鬼の形相で、警備員が璃々に突進してきた。  天野が警備員の足にタックルした。 「警察を呼びますよ!」  西川がヒステリックに叫んだ。 「呼べるものなら、呼んでみなさい!」  璃々も叫び返した。 「なんの騒ぎですか?」  フロアに、訝しげな顔の関谷が現れた。

新堂冬樹(しんどう・ふゆき)

金融会社を経て、「血塗られた神話」で第7回メフィスト賞を受賞して作家デビュー。 『無間地獄』『闇の貴族』『カリスマ』『悪の華』『聖殺人者』など著書多数。近著に『極限の婚約者たち』『カリスマvs.溝鼠 悪の頂上対決』など

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