島村楽器が自分で組み立てられる「簡易防音室」を発売したわけ 個室空間と遮音性へのこだわりとは
コロナ禍により、簡易的な防音室や駅中のリモートボックス、娯楽施設のソロワークプランなど、社会における「ひとり空間」が求められその需要は高まっている。本特集では、ひとりひとりに合わせた空間を提供し、サービスや製品を販売している企業に、今後の社会における「ひとり空間」の重要性についてインタビューしていく。 【検証動画】島村楽器が手掛けた簡易防音室の防音性 今回は、2021年12月に発売した簡易防音室「S-OTODASU II LIGHT」(以下、OTODASUII)について、開発に携わった島村楽器へインタビュー。楽器のスペシャリストが手掛ける個室の防音室は、どんな工夫が施されているのか。誕生の経緯や楽器店がうみだす「ひとり空間」へのこだわりなどについて、島村楽器株式会社 防音営業課マネージャー(開発当時)・佐土原和久氏、防音営業課の渡辺 拓氏に話を聞いた。(リアルサウンドテック編集部) <防音室で様々な「ひとり」需要に応えるための開発秘話> ――簡易防音室「OTODASU II 」を発売された経緯を教えてください。 佐土原:元々クーリッシュミュージック(株)様が製作していた商品として既に簡易防音室「OTODASU」という商品があり、そこに我々の防音知識とこの「OTODASU」が組み合わされば昨今の防音個室のニーズに、より応えられるのではないかと思い、お声がけさせていただきました。島村楽器では長年、YAMAHAさんやKAWAIさんのユニット型防音室を代理店として扱っています。ただ、こういったものは高額ですし、大きさや性能によって差はありますが販売価格で50万~300万円ほどになってしまいます。また、配送や設置、組み立てなどもお客様自身ではできないので、もう少し防音室に対するハードルを下げたいという思いから「OTODASU」とコラボし、様々な改良を経てさらに市場に合致できた商品が今回の「OTODASU II 」です。 ――島村楽器さんの取り組みとして、防音室を作るというのは「OTODASU II」が初めてなんでしょうか? 佐土原:ユニット型防音室の販売代理店として長年の経験から技術に関しての知見はありましたが、こういった個室の防音室に対して開発から携わるのはあまり経験のないことです。 ――実際「OTODASU」のような簡易的な防音室に対するニーズはあったのでしょうか? 佐土原:はい。これまで取り扱ってきたユニット型防音室は、楽器を演奏する際に使うものがメインとなるために、遮音性能がある程度しっかりした商品なんですね。たとえば防音室の中でピアノやサックスを鳴らしても、防音室の外では話し声やテレビの音量くらいまで小さくできるんです。こういったタイプのものはかなり密閉して、壁を重く厚くして音漏れを軽減させています。一方で防音室の用途として、必ずしも楽器を演奏することだけに使われているわけではなく、レコーディングや動画配信、ソロワークなど様々なことに使われているということはお客様の声を聞いていて把握していました。そういった方たちの中には、完全防音を求めているわけではなく、話し声や作業音が少し埋もれるくらいまでになればいいというレベルでの遮音性能を求めている層が存在していました。 ーー防音性を保ちながら簡易的にするにはかなりの改良が必要だったと思いますが、開発で難しかったところなどはありますか? 佐土原:実際市場が求める需要と価格が合致する商品の開発はなかなか難しく、当然のことながら遮音性能を求めると手が届きにくい価格帯にまで上がってしまいますし、価格を抑えることを求めると遮音性能もそれなりになってしまいます。その中で「OTODASU」については、「生活音より少し大きい音が生活音と同じか少し小さいくらいになりますよ」という絶妙な塩梅となっています。また防音室には吸音材が既に設置されていることが多いんですが、「OTODASUII」に関してはそういったことをせず、まずお求めやすい価格である程度の防音性能を持った商品を発売し、必要な方は吸音材をセットにして購入していただくことで、お客様の使用目的に合わせた吸音材の量や設置場所をカスタマイズできるようにしました。 こういうと、そこまで防音できないのではないかと思われてしまいそうですが、遮音性能については東京都の公的検査機関に持ち込んで、JISA1417測定方法に準じて100Hzから10000Hzまでのデータをの性能値を計測し信頼できる結果を得ています。 遮音性能について謳うとき、日本においてはJIS規格で決められている数値があります。低音から高音まで音がある中で、低音の方が音を抑えづらいのですが、周波数によってこれ以上の性能値があればこの性能を謳っていいというグラフが描かれたりしているんですね。ただ、世の中には「自社調べ」のものが多いのが現状です。そんななかで「OTODASUII」は公的な機関での計測による性能を謳っていますので安心してご使用いただきたいと思います。 また「OTODASU II12×12」は元々の「OTODASU」よりも10cm×10cm広くして、幅と奥行に120cmの内寸を取れるようにしました。遮音性能の意味合いでもパーツを工夫してよりすき間をなくしたり、入口ドア部の改善や、天井の回転型空気口の設置方法の変更などを加えました。大きさについて考える際はちょうどコロナ禍に入っており、テレワークなどの需要を加味してパソコンを置いても快適に使えるような広さを取れるようにしたいと思っていたんです。我々としてもこれまでは、防音個室を楽器演奏の空間として提供する機会の方が多かったのですが、「OTODASUII」を実際に発売することで楽器以外の需要のさらなる顕在化に貢献できたのかなと考えています。 ーーコロナ禍での需要の変化はありましたか? 佐土原:防音カプセルにおいて以前は0.8畳とか1.2畳の1人が立って演奏するくらいの大きさのものでお求めやすい価格帯の需要が大きかったのですが、コロナ禍に入ってからはテレワークなどをされる方が増え、楽器を使う方でもテレワークと併用したいなどの要望も増えたんです。そのため、机が置けて1人のワークスペースも併用できる1.5畳というひとまわり大きいものへの需要が高まりました。 ーー「OTODASUII」の需要が高まっているのは、主に作業する場となった自宅に持ち込むことができ、自身で組み立てられる簡易さもあるかもしれないですね。 佐土原:そうですね。引っ越しはもちろんですが、ちょっと違う部屋に持って行こうとか、使わないから畳んでおこうかなということができるのは大きなメリットだと思います。初めて組み立てる方でも、大人の方が2人いらっしゃったら大体30分から1時間で組み立てられますし、慣れてくると組み立て30分以内、解体10分でできるようにもなるので、お客さまにとっても使い勝手がいいのかなと思います。 <エンタメ業界は個人で制作する時代に。「ひとり空間」がより求められる> ーー「ひとり空間」は密室となりますが、長時間籠もっていても大丈夫な工夫はしていますか? 佐土原:従来の防音室は遮音性能を確保するために壁を厚く取り、重量をあげた上で防音室自体を密閉する必要があります。よって照明と換気扇(ロスナイ)を設置する必要がありました。「S-OTODASU II LIGHT」は組立構造上完全密閉型ではありませんが、まず室内に光を入れるため、天井とドア面には光の透過性が高い素材を採用しており、中に照明設備がなくても十分明るさが確保できます。また換気においては天井に回転式の換気口が施されています。普通の密閉型の防音カプセルでは照明器具を設置し、使用している間は換気扇を回す事が必須となりますし、また大半の簡易型防音室に於いても照明を設置し使用時に苦しくなったら(二酸化炭素濃度が上がったら)ドアを空けて喚起する必要性がありました。「S-OTODASU II」は、お客さま自身で天井の換気口の大きさを調節できるようになっていて、換気が簡単なんです。 ――意外に思った使われ方などはありましたか? 渡辺:使用用途的には、オカリナ、ケーナ、クラシックギターやフルートなど、音がそれ程大きくない楽器の方が多いのは特長的でした。今まで家で普通に演奏していたんだけれども、こういうものがあるなら使いたいっていう方が結構いらっしゃったんです。周りへの配慮からくる需要ですね。 あと、用途ではないんですが、地方の方の購入が増えています。防音室はしっかりと遮音させるものですから、必要とされる方は、他の住宅が近くにある方やマンションなど密接に住居が立ち並んでいる地域に住まわれている方がほとんどです。ですから、本商品の発売で家と家の間が広い地域の方からの購入も増えたのは特長的でした。そういった地域の方が購入した理由は、周りの方への予防的配慮とプライベート空間を得るためというものでした。 ――いままでになかったいい塩梅の商品ができて、「これを求めていた」という方が買われてるのですね。最後に、1人で過ごす「ひとり空間」は今後どうなっていくのかという考えを聞かせてください。 佐土原:いま音楽の世界ではボカロPなどのDTMで曲をつくるミュージシャンが活躍してたり、YouTuerやゲーム配信などエンタメの世界では個人で制作されている方が多いですよね。こういった「ひとり空間」は1人で1人の空間で何か作っていく方にはぴったりだと思うので、こういったエンタメの盛り上がりに合わせてどんどん広がっていくと思います。 また、もう少し広い目でみるとこういった作品を生み出す方々だけでなく、需要の要因として、オンラインで何かをしたり、PCで作業をしたりと1人で過ごす時間は増えていくと思うんです。だからこそ「ひとり空間」に対する意識は上がっていて、その需要に応えるためにアップデートも進む。「ひとり空間」の心地よさを求めると同時にお互いに周りへの配慮というのも一層高まっていて。こういった商品への所有願望が高まっていくと考えています、実際に製品を形にして発売することにより潜在的な意識も顕在化させながら「OTODASUII」という製品でそれぞれの想いに寄り添っていければなと思っています。
リアルサウンド編集部