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高田文夫氏が少年時代から憧れ続けた“放送作家第一世代”

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NEWS ポストセブン

 放送作家、タレント、演芸評論家で立川流の「立川藤志楼」として高座にもあがる高田文夫氏が『週刊ポスト』で連載するエッセイ「笑刊ポスト」。今回は、放送作家〈第一世代〉である永六輔さんと大橋巨泉さんが20年以上前に共演した番組の録画を見て思い出したことなどについてお送りする。

 * * *  七夕は私の心の師、永六輔の命日。亡くなってもう4年も経つのだ。若い放送作家が1枚のDVDを持ってきて「さすがにこれは見てないでしょう。1997年のNHKのBS。3時間の生放送で永さんが司会の特番“夢でワイドショー”。亡くなったばかりの渥美清特集。大橋巨泉をゲストに丁丁発止やりあってます。60代半ばの2人のやたら元気なこと」

 永六輔、巨泉の頭の回転の速さと芸ごとへの造詣の深さに圧倒された。そのくせ毒が効いててユーモラスで……かつてはこういう良質な大人のバラエティがあったなァと後輩として反省。

 思えば小さい頃はラジオばかりで、たしか脚本家とか構成屋とか呼ばれていた。テレビが来て昼間毎日10分間やる『おとなの漫画』が大好きで、オープニング、ハナ肇がフリップをめくっていき「おとなの漫画」「出演 ハナ肇とクレージーキャッツ」「作・青島幸男」と言う。

 クラスの皆はクレージーに夢中だったが、私はこの「作」という言葉に敏感に反応した。「作」ということはクレージーよりも面白くて、作ることのできる人なんだと理解した。職業を調べたら“放送作家”。ヒゲをはやして一日中、机にむかっている“作家”(文豪)のイメージの上に“放送”がついている。そうかそうか、スタジオからスタジオへ飛びまわる作家なんだと分かった。後日、字の通り“送りっ放し”の作家でいいと言われた。

 小学校の卒業文集には「大きくなったら青島幸男になります」とハッキリ書いた。テレビの創生期にはあらゆる才能を持った放送作家が現われ、東京の文化度の高い我々を夢中にした。お笑い界では今“第七世代”が有名だが、我々放送作家業界では昔から、〈第一世代〉テレビを創った人達が青島幸男、永六輔、大橋巨泉、前田武彦、野末陳平、塚田茂ら。〈第二世代〉そのテレビを見て育ったのが私、景山民夫、高平哲郎、喰始。〈第三世代〉今をときめく宮藤官九郎、高須光聖、鈴木おさむ達であろう。私は放送が大好きで大学も日大芸術学部の放送学科へ進んだ。キチンとブロードキャスティングを学んだ放送学士である。

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