藤田俊太郎が受け継ぎ、紡ぎ続ける朗読劇の金字塔 『ラヴ・レターズ』を今、この時代に上演する意義
稽古一回、本番一回のみで表現される“究極の演劇”
1990年8月19日の日本初演以来、延べ503組のカップルによって演じられて来た朗読劇『ラヴ・レターズ』。今年は“2021 WINTER Special”として2月24日に上演、石川禅さんと彩吹真央さんのミュージカル界で輝く実力派カップルが、この名作に初挑戦します。翻訳・演出家として26年間、469回の『ラヴ・レターズ』を生み出した青井陽治さんの遺志を引き継ぎ、2017年から演出を担うのは、今年の読売演劇大賞最優秀演出家賞に輝いたばかりの藤田俊太郎さん。本作を「究極の演劇」と語る藤田さんに、『ラヴ・レターズ』への思いを伺いました。 【全ての画像】藤田俊太郎が受け継ぎ、紡ぎ続ける朗読劇の金字塔『ラヴ・レターズ』を今、この時代に上演する意義 ――藤田さんは2017年12月の公演から『ラヴ・レターズ』の演出を担当、大きなバトンを引き継がれました。 この作品は朗読劇の金字塔ですし、プロデューサーの皆さんが「ラヴ・レターズといえばPARCO劇場であり、PARCO劇場といえばラヴ・レターズ」とおっしゃるくらい、PARCOの歴史に素晴らしい上演を刻み続けてきた作品です。1990年代はまだ朗読劇が一般的ではなかった頃ですから、日本の朗読劇上演史の先駆けでもありますよね。僕もいちファンとして何度も観劇していましたし、翻訳・演出を手掛けられた青井陽治さんの活動をずっと見させていただいていたので、自分が『ラヴ・レターズ』を演出する機会をいただけるなんて想像もしていませんでした。青井さんはこの作品を500回ならず1000回、1500回…と長く上演し続けたいと思っておられました。演出を引き継げることはとても名誉で、幸せなことだと思いましたね。 ――アンディーとメリッサ、幼馴染みの二人が50年に渡って交わす手紙で綴られる作品です。1990年の日本初演から現在までの公演では幅広い年代の、さまざまな個性を持つ俳優たちが登場しました。開幕当初は30歳以上の俳優に定められていたそうですね。 公演の歴史の中でいくつかターニングポイントがあると聞いています。30歳以上の同世代のカップルで、という作家A.R.ガーニーさんの思いもあってスタートしたところ、若い俳優から「自分も挑戦したい」という声が多く出たそうです。それで若いカップルや年齢差のあるカップルも登場するようになったと。また、長年の経験、様々なキャリアを持つたくさんの俳優が参加するようになって、作品がより多角的、多層的に成長してきたのではないかと思います。この作品は、究極の演劇ではないかと思うんですよね。並んで座ってお互いに見合うこともなく、台詞だけ、ラヴレターという思いを伝えるテキストだけがある。「演劇はリアクションだ」と多くの演劇人が語ってきましたが、まさしく自分の書いた手紙を読み、相手のそれを受け取るという、アクションとリアクションを積み重ねた50年が描かれた作品。最もシンプルに凝縮された演劇の形が、舞台上にあるんじゃないでしょうか。だからあらゆる世代やあらゆる状況を超えて、普遍的に観客の皆さんを魅了し続けるのではないかと思います。 ――『ラヴ・レターズ』のホームページに、藤田さんが青井さんへの手紙を綴られていて、「青井さんの空気があらわれるような演出を稽古から心がけています」と書かれていたのが印象的でした。 2017年に『ラヴ・レターズ』を演出するとなった時に、プロデューサーの皆さんが「まったく新しく、藤田さんの『ラヴ・レターズ』を創っていただいて構いません」と言ってくださいました。でも僕は、演劇とは、言葉や想像力を通して他者と出会うこと、その歴史は引き継がれていくものだと思っているんです。劇場を愛し、『ラヴ・レターズ』を愛した青井さんが遺したこの作品の演出ノートがあるんですね。青井さんならノートをどういう語り口、どういうニュアンスで俳優たちに伝えていくんだろう…と考え、大事にすること、それが“青井さんの空気感を稽古場から本番に向けて創っていく”という意味です。ただ、それだけで終わってはいけない。時代は変わり、『ラヴ・レターズ』を演じるカップルは変わり続けるわけですから、その空気をベースとして、今度は僕自身の演出家としてのノート、言葉を渡していかなくてはと思ってやっています。 この作品は、稽古一回、本番一回のみ。それも究極ですよね。貴重な一回の稽古の中で、どう俳優と向き合い、この時代、状況と向き合って『ラヴ・レターズ』を本番一回で上演出来るのか。先ほども言いましたが、演劇の凝縮された瞬間だなと思いますね。 ――稽古一回、本番一回は、当初から決められていたのですか? 作家のA.R.ガーニーさんのプロダクションノートに、書かれているんです。一度だけ稽古をして、俳優が最も新鮮な、気持ちの揺れを……この“揺れ”には二つの意味があると思います。高揚と、不安と。その両方を持った状態で、初めてその手紙を読むように演じてほしい、と。初めてラヴレターをもらって読んだ時の興奮、読んでいくうちに覚える不安…、両方ありますよね。その高揚感と不安を持ち続けてほしいというのが、稽古一回、本番一回に込められた意味だと、俳優たちは終演後に気づくんです。非常に興味深いことに、稽古と本番で、どのカップルも変わりますね。本番中にもどんどん変わっていきます。僕が担当したカップルの皆さんは、共通しておっしゃるんですよ。とても興奮なさって、「稽古ではわからないことだらけだったけど、演じ終えた瞬間に感じました。『ラヴ・レターズ』の世界を生きることを理解しました」と。 ――終盤、アンディーを演じる俳優さんが涙を止められないシーンをよく見かけました。 そうですね。いつも稽古で必ず伝えるのは「本番で無理矢理に涙を流さないでください」ということ。「アンディー、メリッサという人生をその2時間の中で生きて、自然に出た感情はそのまま舞台で全部、放出してください」ということですね。その開放に至るまでが大切なんです。台本を読むだけ、この“だけ”のハードルが高い。読むだけで、「丸裸にされて舞台上にポンといた気持ちになった」とおっしゃる俳優がたくさんいました。一番シンプルな感情を持った表現者がそこにいるのだろうと思います。読むだけ、というハードルの高さは、その俳優がどう生きてきたのか、この瞬間をどう生きていこうとしているのか、を問われること。その時、もしかしたらお客様も丸裸かもしれませんね。剥き出しの俳優と言葉だけが劇場にあって、それをどう受け止めるか。それほどの生々しさを受け止めきれない方もいるかもしれない。こんなにも感動するのか、と受け止める方もいるかもしれない。 僕も、演劇って素敵だなと思い始めた10代の頃に観た『ラヴ・レターズ』と、歳を重ねてから観た『ラヴ・レターズ』では、ずいぶん受け止め方が違いました。大学生の自分、俳優になった自分、演出助手になった自分、演出家になった自分…、その都度この作品を観ていますが、同じ演目でもこんなに変わるものかと思うほど、感じ方がまったく違っていて。お客様にとっても、アンディーとメリッサの50年の往復書簡の中で、ご自身の年齢と重なる瞬間があるでしょう。そこがまた一つの魅力ですよね。今の自分に出会い、十年後に観たら十年後の自分に出会える。そうやって長く愛してくだされば嬉しいですね。また、十年前にこの芝居を観劇していた自分にも出会えるかもしれません。 ――今回は一回きりの、本当にスペシャルな公演ですね。 はい。石川禅さん、彩吹真央さん、ともに『ラヴ・レターズ』初挑戦です。このお二人と2021年の『ラヴ・レターズ』をスタート出来ることが嬉しいです。アンディーとメリッサがリアルに手紙の交換をした、その最後の年齢にお二人は近いのでとても楽しみですね。ハードルを上げるわけじゃないけど、年齢を重ねている俳優は当然、アンディーとメリッサの人生の多くに、自分の人生を重ねることが出来る。人生のいろんな価値観を享受した40代以降の人生をどう演じてくださるのか、それと同時に、10代、20代の若い時期、また10歳に至る前をもどう表現されるのか、楽しみです。