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2019年度に復活を遂げた先手矢倉 そもそもなぜ衰退していたのか

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マイナビニュース

6年ぶりに勝率5割を超えた先手矢倉。ここ数年苦境に陥っていたわけを解説 この記事をご覧の将棋ファンの皆さんは、「矢倉戦法」はご存じかと思います。では、「矢倉は将棋の純文学」とまで言われ、相居飛車の戦型の中で最も多く指されていた矢倉が、近年激減していたことはご存じでしょうか。 写真の表は2013年度から19年度までの、公式戦(女流公式戦は除く)における先手矢倉の成績です。13年から対局数は右肩下がり、また、先手勝率も5割を切るようになりました。それが19年度には対局数も激増、先手勝率も再び5割以上になったのです。どうして先手矢倉に冬の時代が訪れたのか、そしてなぜ復活したのでしょうか。今回は前半の、なぜ先手矢倉が勝てなくなってしまったのかを見ていきます。 13年度ごろの矢倉は、先後ともにがっちりと矢倉囲いに組み上げてから全面戦争、というじっくりと戦う戦型でした。しかし、あるものの台頭で徐々にその流れは崩れていきました。この時期に急速に存在感を増したもの、それは将棋ソフトです。将棋ソフトによって古き良き矢倉戦法は消え去ることになります。 2013年5月30・31日に行われた、第71期名人戦第5局▲羽生善治三冠-△森内俊之名人戦では「ポナンザ新手△3七銀」という手が出現。Ponanza(ポナンザ)は17年度の第2期電王戦で佐藤天彦名人(当時)を破ることになるソフトです。ソフト発の手が名人戦で指されたということで、当時話題になりました。 この新手は先手矢倉壊滅の要因にはなりませんでしたが、序盤研究におけるソフトの存在感が増すきっかけにはなったでしょう。 14年度にはこれまでの矢倉の常識を覆す作戦が登場します。それが「矢倉△4五歩反発型」です。塚田泰明九段創案のこの作戦により、先手はこれまで矢倉の理想形とされていた▲4六銀・3七桂型に組むことができなくなりました。理想形を封じられた先手は、別の形を模索することになりましたが、翌年、それを上回る危機に直面します。 それがソフト発の戦法である、「矢倉左美濃急戦」の出現です。15年度から公式戦で指されるようになった、後手番ながら積極的に攻めていくこの作戦の出現によって、先手矢倉は壊滅的な被害を受けました。これまでの矢倉戦法は基本的には先手の攻め・後手の受け、という構図でしたが、それが逆転し、先手が防戦一方の展開になってしまったのです(後手から仕掛けていく急戦矢倉は古くから存在していましたが、局数はそこまで多くはありませんでした)。せっかく矢倉囲いに組んでも、それを真っ向から攻め潰されてしまうようになりました。 また、他の戦型に棋士の興味が移った、というのもその後の矢倉の局数減少に影響しているでしょう。角換わりではこれまたソフト発の▲4八金・2九飛型が大流行。相掛かりでも飛車先交換保留型が出現し、盛んに研究されることになります。 矢倉衰退の流れをまとめると以下のようになります。 1、従来の理想形である、▲4六銀・3七桂型が「矢倉△4五歩反発型」によって狙い打たれてしまい、先手矢倉の勝率が減少 2、「矢倉左美濃急戦」の登場で、まともに矢倉囲いを組めなくなった 3、角換わりや相掛かりに有力な新戦法が現れ、勝率の悪い矢倉から棋士の興味が移っていった それではなぜ19年度に先手矢倉が大復活を遂げたのでしょうか。それはなんと5手目に理由がありました。次回では復活の理由を取り上げていきます。

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