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告訴もみ消し、埼玉県警の「トラウマ」 法整備や体制強化も事件絶えず 桶川ストーカー殺人20年(中)

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 「警察組織の信用を地に落とした」。2000年9月の浦和地裁(現さいたま地裁)判決は、埼玉県警上尾署の元署員3人をこう断罪した。3人はストーカー被害に苦しむ猪野詩織さん=当時(21)=のSOSを真剣に受け止めることなく、告訴のもみ消しにまで手を染めた。当時を知る幹部が「埼玉県警のトラウマ」と語る一連の事件を機に、法整備は進み警察の体制も強化されたが、 遺族が求めるのは警察官1人1人の意識改革だ。(共同通信=沢田和樹)  ▽悪いのは組織  「このままだと何をされるか分かりません」。詩織さんは刺殺される3カ月前の1999年7月、母の京子さん(69)と上尾署で訴えた。元交際相手らによる嫌がらせは、自宅周辺に大量の中傷ビラを貼る事態にエスカレートしていた。  対応した刑事第2課長=当時(48)=は告訴の受理を渋った。「嫁入り前だし、裁判になると恥ずかしいことも言わないといけませんよ」「大学の試験が終わってからでいいでしょ」。男女のトラブルは和解することも多く、捜査が無駄になるかもしれない。背景にはそんな考えがあった。

 当時を知る県警幹部は取材に「身内のトラブルは基本的に当事者同士の問題という認識だった。『民事不介入』を盾に断るのが腕の良い刑事とされたのは確かだ」と振り返る。  7月末、課長は告訴を受理したが、捜査の意思はなかった。告訴は被害届と違って捜査義務が生じ、未処理の告訴事件が増えれば、署の成績が悪く見える。8月末、課長がようやく上司の刑事生活安全次長に告訴受理を報告すると「被害届で捜査すれば良かったんじゃないか」と叱責された。この事実が調書改ざんにつながっていく。  捜査を主に担ったのは、地裁判決で「最も誠実に取り組んだ」とされた事件当時39歳の係員だった。係員は同年9月に課長からの指示を受け、詩織さんに「書類が必要になった」と嘘をついて被害届を取り直し、さらに調書の「告訴」を「届出」に書き換えた。課長に捜査態勢の強化を進言しても聞き入れてもらえず、半ば諦めるような形での改ざんだった。  2課には経験豊富な係長=当時(54)=もいたが、仕事への意欲を失い、部下に仕事を押しつけるようになっていた。地裁判決は課長、係長が係員に助言をせず、2課を機能不全に陥らせたと指摘している。3人は殺人事件発生後、捜査ミスを隠すため、別の書類改ざんにも手を染めた。

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