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女王・ヘンプヒル恵に訪れた試練。 競技から逃げて見つけた戦う意味

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~クイーン・オブ・アスリートを目指して~ヘンプヒル恵インタビュー 競技編 ◆プライベート編はこちら>> ヘンプヒル恵選手、厳選フォト集 "七種競技"とは、2日間にわたり、トラック競技で100mハードル、200m、800mを走り、フィールド競技では、走り高跳び、走り幅跳び、砲丸投げ、やり投げと合わせて七種目を戦って、総合力を争う競技だ。その"七種競技"で日本のクイーン・オブ・アスリートとしてトップにいるのが、ヘンプヒル恵(めぐ/アトレ)である。  彼女の輝かしい競技歴は、京都文教中学校時代から始まる。進学とともに陸上競技を始め、中学3年生の時に四種競技で出場した、全日本中学校選手権で優勝を果たした。高校では七種競技で2年生の時に世界ユースに出場し、その直後のインターハイでは優勝。3年生のインターハイでは、七種競技を日本ジュニア新記録で連覇したほか、100mハードルでも勝って2冠を達成している。中央大学進学後は、1年生で日本選手権を制して以降、3年連続で制覇。3年生の2017年にはアジア選手権で2位に入り、日本女子七種競技を牽引する存在になった。 「何をやってもうまくいく感じで、練習を一生懸命やればやるほど強くなる。だから正直、一つひとつの試合をあまり覚えていないんです」  しかし、圧倒的な強さで勝ち続けていたヘンプヒルを悲劇が襲った。大学3年生の2017年8月だった。  その年の6月上旬に開催された日本選手権は自己ベストの5907点で優勝し、1カ月後のアジア選手権は2位。初出場を予定していた8月下旬からのユニバーシアードへ向けて、まさに絶好調だった。<  その大会後の合宿中に、左ひざ前十字靭帯と内側半月板を損傷する。重傷だった。 「ケガをして一度立ち止まったときに『なぜ私は競技をやっているんだろう』と感じたし、勝てなくなった時は『自分はもういらない存在になったのでは......』と思いました」  どん底に落ちた瞬間だった――。

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