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コロナウイルス席巻中に見せられた現実は「自己責任論」では解決しないという教訓をもたらす―稲葉 剛『閉ざされた扉をこじ開ける 排除と貧困に抗うソーシャルアクション』中島 京子による書評

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◆何のために「社会」を作っているのか 2020年前半はコロナ禍と共に過ぎてしまった。「自粛要請」に応じた飲食店が店を再開できず、ライブハウスが廃業し、ファッションブティックがなくなった。職を失う。家を失う。そんな状況が、誰の身にも、突然、理不尽に起こりうるのを、毎日見ている「行動自粛」期間だった。 そんな中「ステイホーム」のままならない路上生活者やネットカフェを追われた人たちのために、人の命を守るアクションを日々起こしていたのが、本書の著者だ。 冒頭、言及されるのは、「東京オリンピック」を口実に、いかにして路上生活者や低所得の都営住宅暮らしの人たちが排除されていったかだ。そうした人たちは意図的に見えなくされてしまうが、消えてなくなったわけではない。生活保護費の大半を徴収しながら劣悪な居住環境しか提供しない「貧困ビジネス」の食い物にされていたりする。民間の「貧困ビジネス」と自治体の福祉事務所がつながっている実態も衝撃だ。 「住まいの貧困」は、低所得の若年層、単身高齢者、障害者、LGBT、外国人などが、住まいを確保しにくい、差別的な状況にあることにも起因する。本書は差別対策の現在と、これから先目指すべき方向を具体的に訴えている。 興味深い事例はいくつもある。神奈川県小田原市の生活保護担当職員が、「保護なめんな」と書いたジャンパーを着て、貧困の救済より「不正受給撲滅」に力を入れてしまったという話は、行政の歪(ゆが)みと生活保護への偏見を示す例として話題になった。本書では、小田原市がすばやく対応し、丁寧に問題と向き合い、解決していった事例を追っていく。 検証委員会に生活保護利用経験者を招き、行政と市民が一緒に問題の本質を探っていったこと、「生活保護受給者」ではなく「生活保護利用者」という言葉を使うことによって、生きるために行政サービスを利用するのは、個人の権利だと明白にしたこと。ふだん意識せずに使っている言葉の中に、偏見や無理解が潜むものであると気づかされた。正しい言葉を使うことで、変わってくる意識が、必ずあるはずだということにも。 生活保護基準は近年、何度かにわたって引き下げられた。 自民党が選挙公約に「給付水準の1割カット」を掲げて圧勝したために、生活保護の実態をよく見る以前に、「カット」ありきで政策が進められた。生活保護基準を検討する有識者の部会が存在するのに、そちらではまったく検討されたことのない理由(「デフレ調整」といって、物価が下がったから生活保護費も下げるという論理。しかし、アベノミクスはこれから物価を上げていくはずでは?)で基準が下げられた。現在、引き下げの違憲性を問う裁判が進行中であるという。 コロナウイルス席巻中に見せられた現実は、「自己責任論」では解決しないという教訓をもたらした。ウイルスに感染して生還した英首相ボリス・ジョンソンの名言「社会というものがまさに存在する」は、この奇妙な期間を生き抜いた者の実感だ。なんのために私たちは「社会」を作っているのかという原点に気づかされた。その反省を経て私たちが選び取るべき「新しい日常」があるとしたら、そのヒントは、答えは、ここにあると感じた。いま、読むべき一冊。 [書き手] 中島 京子 1964年東京都生まれ。東京女子大学文理学部史学科卒業。出版社勤務を経て渡米。帰国後の2003年『FUTON』で小説家デビュー。2010年『小さいおうち』で直木賞、2014年『妻が椎茸だったころ』で泉鏡花文学賞、2015年『かたづの!』で河合隼雄物語賞、歴史時代作家クラブ作品賞、柴田錬三郎賞、同年『長いお別れ』で中央公論文芸賞、2016年日本医療小説大賞を受賞した。他に『平成大家族』『パスティス』『眺望絶佳』『彼女に関する十二章』『ゴースト』等著書多数。 [書籍情報]『閉ざされた扉をこじ開ける 排除と貧困に抗うソーシャルアクション』 著者:稲葉 剛 / 出版社:朝日新聞出版 / 発売日:2020年03月13日 / ISBN:4022950595 毎日新聞 2020年6月20日掲載

中島 京子

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