北海道の大地に花開いた、アルザスワインのようなクリーンな一本。
今年、北海道の仁木町でワイナリーを立ち上げた本間裕康さんは異業種からワイン造りの道に入った。実をいうと、20代の頃の彼は世界中のワイン産地のワインを飲み尽くすという筋金入りのワインファン。日本ワインに至っては、やや甘過ぎるか、あるいは酸っぱいだけといった、どちらかというと否定的なイメージしかもっていなかった。 【ワイナリー情報詳細】ル・レーヴ・ワイナリー そうした先入観が、北海道で造られた「クリサワブラン」というワインを飲んで、がらりと変わった。 「北海道で、私が大好きなアルザスのような、クリーンなワインができるのか!」と衝撃を受けた。それだけじゃない、いつか自らが北海道でワインを造ろうとまで思ってしまった。 とはいえ、果たして脱サラしてワイン造りで暮らしていけるのかどうか? 本間さんは迷った。まずは自分で調べ上げ、2014年当時でも、脱サラして個人でワイナリーを営んでいる造り手が、北海道や新潟で少なくとも5、6人存在することがわかった。そしてワイン造りを目指す決意を固めた。一方その頃から、野生酵母で発酵させたナチュラルな造りのワインを飲む機会が増えており、野生酵母でワインを造りたいと考えるようになった。 一旦は別のワイナリーで栽培・醸造を習得したが、ブルース・ガットラヴさんの営む10Rワイナリーに自分で育てたブドウを持ち込み、研修させてもらうことにした。 「オフフレーバー(経年劣化や化学変化、異物の混入による食品の品質劣化によって生じる異臭などのこと)が出ているナチュラルワインも山ほどあり、野生酵母での発酵は、大変難しく恐ろしいものだ考えていました。経験なしで野生酵母での醸造に挑むのは無謀と考え、野生酵母での発酵を基本としている、ブルースさんのワイナリーでさらに経験を積むことにしました」と本間さんは言う。
10Rワイナリーでは3年間にわたり、赤、白、多種多様な仕込みに参加した(ちなみに10Rワイナリーには、毎年20軒前後の生産者がブドウを持ち込む)。本当にいろいろなブドウを見てきた。病果の多いブドウは、亜硫酸や清澄剤などの添加物を入れなければならないことも多く、最悪は培養した乾燥酵母を入れざるを得ない。一方で、健全さを徹底したブドウを衛生的な環境で醸造すれば、野生酵母で発酵する際にリスクをかなり減らすことができる。これも自らの経験から実感できるようになった。 「ムスビ白」は本間さんが自ら育てたブドウを、10Rワイナリーに持ち込み造り上げた。シャンパーニュの原料でもある、シャルドネ、ピノ・ノワール、ピノ・ムニエ、そしてフランスのアルザス地方でよく見られる、ピノ・グリ、トラミーナを混醸にしたフィールドブレンド(同じ畑に異なる品種を植えそこで実った多品種のブドウを混醸すること)のワインだ。 野生酵母による発酵は、8カ月間にも及んだが、ムスビは初仕込みの2018年よりもさらにおいしくなった。穏やかに泡立ちとともに立ち上る栗の香ばしい香りとミツの入った甘いリンゴ香り、そして追いかけてくる桃のような香り。ふくらみのある果実味には溌剌とした酸がアクセントになっている。余韻のわずかなほろ苦さも絶妙で、北海道らしい涼やかさももち合わせている。 12月に混醸の赤ワイン「ミヤビ2019」がリリースされる。本間さんのワインは、妥協のない徹底した仕事ぶりと、枯れることのない探究心の証。これからも益々進化を続けるに違いない。
鹿取みゆき・選&文 尾鷲陽介・写真