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結果、ハーバード合格…小6で「馬糞を踏ませた」子育ての秘密

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私は外務省勤務の夫を支えつつ、20年間、5ヵ国で生活を送りました。娘の紗良も、父の転勤に伴い、世界各地で4度の転校を経験しています。今回は、紗良が11~13歳のとき、私たちがウィーンで暮らしていた頃のエピソードです。※本連載は、薄井シンシア氏の著書『ハーバード、イェール、プリンストン大学に合格した娘は、どう育てられたか』(KADOKAWA)より一部を抜粋・再編集したものです。

転校先になじめない…「馬糞」の中に立ち往生した娘

紗良が小学6年生から3年間過ごしたウィーン。この都は、19世紀にオーストリア・ハンガリー帝国の首都として繁栄を極めていました。その後、ハプスブルク家の没落とともに力は失われていきますが、今でも往時の威風堂々たる姿は健在。中心街にあるゴシック様式のシュテファン大聖堂をバロック時代の大邸宅が囲み、丸石が敷きつめられた街路は、馬車が昔さながら幅を利かせています。そのために道はしばしば馬の糞で汚れていました(もっとも、毎朝ちゃんと清掃がなされて、その糞が長いこと放置されることはありませんでした)が、私と紗良は、通学の往復路、この道を好んで歩きました。 さて、紗良は最初、転校先のウィーンの国連学校で友達を作るのにとても苦労していました。紗良の友達作りが前進しないことに、私のガマンも限界に達していました。いつまでもこんな風ではいけない。私が、早期解決に乗り出さなければ…。私は心を決めました。 ある日の学校からの帰り道。いつものように、私と紗良はウィーンの中心街を歩いていました。その日は紗良にとって本当につらい一日でした。しかし、もう少し頑張れば、ここを乗り切ることができると信じていた私は、いくつか解決策を紗良に提案しました。 「お昼ご飯の時間に、誰か知っている人と一緒に座るのはどう?」 「私からは、ちょっと。誰かが誘ってくれないと、ダメだから…」 「じゃあ、今週末、誰かを家に呼んで、映画のビデオでも見たらどう?」 「でも、そこまで仲のいい友達はまだいないから…」 私たちは、黙って歩き続けました。道路には、いつものように馬の糞が落ちていました。私は思いついて、こう紗良に語りかけました。 「紗良、いまのあなたはね、周りを見ないで歩いていて、知らないうちにこんな馬糞を踏んづけちゃったの。両足ともズッポリとね。あなた、馬糞の中にずっといたい? そんなわけないでしょ? あなたは、前進するか後退するかの、ふたつにひとつしかないのよ。どっちがいいの? あなたが自分で決めなさい!」 紗良は、道の真ん中で立ち止まり、泣き出しました。 「泣いても、どうにもならないのよ!」 しかし実際には、紗良が自分で馬糞を踏んだのではありません。私と夫が、紗良に馬糞を踏ませたのです。 新しい学校では、転校生を迎え入れるための歓迎会などは用意されていませんでした。紗良には、溶け込むチャンスがありません。紗良を馬糞の中から救い出すのは、誰にもできません。私以外は誰にも。そんなとき、ようやくチャンスが訪れたのです。

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