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抑えきれない疎外感 故郷の除染、強く訴える【復興を問う 帰還困難の地】(22)

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福島民報

 テーブルの上に、東京電力福島第一原発事故により帰還困難区域に設定された富岡町小良ケ浜(おらがはま)行政区に関する書類が広がる。行政区長の佐藤光清(こうせい)さん(65)はいわき市平の避難先で、損害賠償に関する文書や新聞記事の切り抜きに目を通す。故郷が放射性物質で汚された、つらい経験が脳裏によみがえる。  国の資料の文面を何度も読み返す。「将来的に帰還困難区域の全てを避難指示解除し、復興・再生に責任を持って取り組む」。政府が二〇一七(平成二十九)年に表明した方針が記されていた。  帰還困難区域の特定復興再生拠点区域(復興拠点)では、除染や家屋の解体が進んでいる。しかし、小良ケ浜行政区と隣接する深谷行政区は復興拠点から外れた、いわば白地(しろじ)地区だ。いまだに除染計画は示されていない。  「除染は復興に欠かせない。必ず実行するのが政府の責任だ」。住民の思いを酌み町は拠点外について、町主体による除染や家屋解体の実施を国に求めている。

   ◇    ◇  佐藤さんは二〇一三年四月から行政区副区長を四年務めた。町消防団やJA関連団体などの要職を担った。住民の役に立ちたいとの思いで、二〇一七年四月に区長に就いた。原発事故で課題が山積する中で重責を負うことになり、気を引き締めた。「やるしかない」  行政区の人口は原発事故前の二〇一一年二月二十八日現在、百三十四世帯・三百五十九人。現在は全員が県内外に避難している。郷土の絆を確かめようと毎年、行政区の懇親会を企画している。  「久しぶり」「元気だったかい」。知人や友人との再会はつかの間だが、避難生活の苦労を忘れさせた。ただ、連絡先が分からず、懇親会を案内できない住民がいる。避難先の環境になじめているのか、元気に過ごしているのか…。古なじみの顔を思い浮かべては心配になる。  やるせなくなるのは、住民の訃報に接した際だ。佐藤さんが把握しているだけでも、これまで高齢者を中心に約四十人が死亡した。「お年寄りに残された時間はあまりない」。郷里を離れて無念の最期を迎える人を増やさないため、行政区長として何ができるか自問を重ねる。

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