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「九九」を暗記させて、電卓の自由な使用を禁止しているままでは、日本の数学の学力はあがらない

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ダイヤモンド・オンライン

 天才数学者たちの知性の煌めき、絵画や音楽などの背景にある芸術性、AIやビッグデータを支える有用性…。とても美しくて、あまりにも深遠で、ものすごく役に立つ学問である数学の魅力を、身近な話題を導入に、語りかけるような文章、丁寧な説明で解き明かす数学エッセイ『とてつもない数学』が6月4日に発刊。発売4日で1万部の大増刷となっている。  教育系YouTuberヨビノリたくみ氏から「色々な角度から『数学の美しさ』を実感できる一冊!!」と絶賛されたその内容の一部を紹介します。連載のバックナンバーはこちらから。 ● 九九を暗記する国は少ない  日本では小学校2年生のときに九九を勉強する。九九の暗記は算数の最初の壁だと言ってもいいかもしれない。  リズムと語呂合わせを利用して「いんいちがいち、いんにがに……」と覚えた記憶が誰しもあるだろう。しかし、1×1から9×9までを強制的に暗記させる国は、世界的に見ると決して多くない。  たとえば英語圏の多くの国では、12×12までの掛け算がまとめられたタイムズテーブル(times table)と呼ばれる表を確認しながら掛け算を勉強する。  timesというのは「掛ける」という意味である。アメリカやオーストラリアなどでは、この表を何度も使っているうちに自然と覚えてもらえればそれでいい、というスタンスらしい。  ちなみになぜ12×12までかと言うと、1フィート=12インチだったり、1ダース=12個だったり(既に廃止されてしまったが、かつてはイギリスのお金の単位は1シリング=12ペンスだった)、生活の上で使われることの多い十二進法に対応するためである。

● 電卓を禁止する日本  多くの諸外国で「九九の暗記」を強制しないのは、中学に上がれば電卓を自由に使えるようになるという事情も関係しているかもしれない。  アムステルダムに本部を置く国際教育到達度評価学会(IEA)が行った国際学力調査「TIMSS 2015」を見ると、各国の教員に「算数・数学の授業で電卓を使わせるか」と尋ねたアンケートの結果が載っている。  小学校4年生の段階では、日本も含めてほとんどの国が自由には使わせていないのだが、中学2年生になると、電卓を自由に使わせる国が途端に増える。  10歳を過ぎて論理的思考力を育むべき時期にさしかかったら、計算のような単純作業よりも、あーでもない、こーでもないと考えることに時間と能力を割いてもらいたいという現れなのだろう。  そんな中、日本では中学2年生になっても電卓を自由に使わせる教員はわずか6%にとどまっている。日本製の電卓は世界中の学校で使われているのに、日本国内の学校ではほとんど使われていないというのは皮肉な話である。  それでも「九九」を暗記させ、電卓の自由な使用を禁止している国の方が、数学の学力が高いと言えるなら、日本流の教育を貫く意味もあるだろう。  しかし、残念なことにそうはなっていない。先の調査で、最も電卓を自由に使わせている国であるシンガポールや香港は、経済協力開発機構(OECD)によるOECD生徒の学習到達度調査(PISA)における「数学リテラシー」部門の上位常連国である(直近4回の調査でシンガポールは2位→2位→1位→2位。香港は3位→3位→2位→4位。日本は9位→7位→5位→6位)。  また、教育における電卓利用の是非を考える学術研究でも、電卓や表計算ソフトのような計算ツールを活用することで、子どもの概念的な理解力が高まるという報告が多数寄せられている。  日本人が「しちはごじゅろく……」などと言いながら3桁×2桁などの掛け算を筆算する様子は、九九を暗記するという習慣のない欧米人にとっては「呪文かなにか唱えているのか?」と、とても不思議に映るらしい。  そもそも「九九」は中国で始まった。最初に考えた人物は不明だが、紀元前7世紀頃の斉という国の君主桓公(紀元前?年~紀元前643)は、国中から九九を暗唱できる人材を集めたという記録がある。  ちなみに、当時は今とは逆の順番で「九九八十一」から始めていたため、「九九」と呼ばれるようになったらしい。  日本には遅くとも奈良時代には九九が伝わっていたようだ。当時の遺跡から、九九を練習したと思われる木簡が見つかっている。奈良時代の末期に編まれた万葉集にも、「二二」を「し」、「十六」を「しし」、「二五」を「とお」などと読ませる九九の入った歌がある。  現代でも、四六時中(4×6=24より、24時間中→1日中)や十八番(2×9=18であることから、2×9なやつ→憎いやつ→売れっ子役者の芸)、二八そば(2×8=16。昔はそば1杯が16文だった)など、九九は日本語に根深く入り込んでいる。  (本原稿は『とてつもない数学』からの抜粋です)

永野裕之

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