“家族がめちゃくちゃになった象徴”を守ろうと奔走…画家・落合皎児の息子が半年の旅で解かれた複雑な感情
■相手の懐に躊躇なく入っていくコミュニケーション術 今回の取材が成立したのは、初対面の人に対しても、相手の懐に躊躇なく入っていく陽介ギフレさんのキャラクターも大きい。「こっちからすると“大丈夫か!?”と心配になるのですが、あれが彼なりの、自分の心をオープンにするコミュニケーションの仕方なんだと言っているんです」という。 特に、最後の最後まで父の面倒を見てくれた居酒屋の主人・譲二さんとは、一晩酒を酌み交わしただけで驚異的な意気投合っぷり。 「事前にお父さんの日記を読んでいたので、熱い感じで対応してくれるかと思ったら、最初にお会いした時は結構他人行儀な感じで、ギフレさんは“ちょっと構えてたよね”とショックを受けていたんです。そこで、一緒にお酒を飲んだらいろんな鎧が取れて、譲二さんもお父さんと付き合っていた頃の素の感じになっているようでした。あの時の2人はすごくうれしそうにしていましたね。最後は普通に歩けないくらいベロベロになってましたから(笑)」
アポイントを断られたのは0人
宗田Dが今回の取材を通して一番印象に残ったのは、皎児さんに関わる人々が「どの方もめちゃくちゃいい人たち」だったこと。 近所に迷惑をかけるトラブルも起こしており、“関わってはいけない危険人物”と受け止められかねない状況だっただけに、「なんであんなに変わったお父さんの周りにこんないい人たちが集まっているんだろうとすごく不思議に思いました」というが、「ギフレさんが活動を進める中で、まるで『ドラクエ』のように、いろんな人たちが現れて助けてくれるんです」という現象を目の当たりにした。 その要因は、「お父さんの絵の力かもしれないし、お父さんの人柄を継いだギフレさんの力かもしれない。それは長野だけでなく、スペインでのロケでも同じでした」とのことで、今回取材のアポイントを断られたのは、なんと0人。中には皎児さんとケンカ別れしたままだった人も快く応じてくれたという。 その結果、60人以上を取材してカメラを回すことに。「放送に乗っているのは限られた人たちで大変心苦しいのですが、本当に皆さんがそれぞれ温かいお話を聞かせてくれました。その内容がみんな違うのにも驚きましたし、自分が死んだ時に60人も語ってくれるのだろうかと思いますよね」と、愛される人柄だったことを想像した。
中島優