【痛みを伴う街のコンパクト化】居住を制限する「逆線引き」の功罪に私たちはどう向き合うべきか
逆線引きは、人口動態に応じた都市のコンパクト化への動きであるが、加えて、過去の開発により災害リスクの高い場所まで宅地化された地域では、それにより災害リスクの低いエリアへ誘導することも重要視されている。しかし、どのような理由があっても、逆線引きの対象となるエリアでは地価の下落や住民の流出のおそれがあり、地域住民にとって痛みを伴うことも多い。 実際、2024年8月18日付朝日新聞や2024年9月18日付日本経済新聞では、広島市や北九州市での災害リスク軽減のための逆線引きの試みと、それに対して理解を示す住民と反対する住民の声が紹介されている。
逆線引きの効果
本稿では、こうした逆線引きの考えられる影響と実施に当たり留意すべき点について議論してみたい。逆線引きは土地の利用を規制するゾーニングの一種であり、宅地供給を止め、または減らして都市の成長を管理する政策の一環と考えられる。まずはその潜在的な効果についてまとめてみよう。 逆線引きを行うと、当然のこととして、住宅や商業施設を新たに建てられる場所が減る。もし対象エリアに全く住宅や商業施設が無ければ、都市規模にはほとんど影響せず、対象エリアの利用可能性を制限するだけなので、そこの地価や地代を下げるにとどまる。 しかし、対象エリアに人が住んでいれば、面積でみた都市規模はいずれ縮小する。さらに、長期的にはそこから人が流出するため、その人たちが都市内の市街化区域へ移動した場合、都市全体の人口規模そのものは変わらないものの、一部のエリアに人口が集約された都市になる。 人や企業が空間的に集まることは、財やサービスの多様性や情報のスピルオーバーなどを通じて、意図せざるメリットである集積の経済を生む一方、長時間の通勤や渋滞といった意図せざるデメリットである混雑の不経済を生む。そのため、都市が空間的に集約されると、前よりも集中が進んだ場所で局所的に集積の経済と混雑の不経済が顕在化する。さらに、都市がコンパクトになるため、インフラや安全性維持の費用が安くなる効果も生じる。これらのバランスで都市住民の住みやすさなどの生活の質が左右されることになる。 もし混雑の不経済悪化の効果が際立つと、集積の経済改善の効果とインフラや安全性の維持費用低下を打ち消して都市住民の生活を悪化させる。逆に、もし集積の経済改善効果とインフラや安全性の維持費用低下効果が際立つと、混雑の不経済悪化効果を打ち消して、住民の生活の質は改善する。 もし人の流出が都市外に向けて生じると、人口規模で見た都市規模も縮小するため、集積の経済の効果が低下し、混雑の不経済の損失も軽減される。この場合、前者の効果の低下が後者とインフラや安全性維持費用低下の効果を上回ると、逆線引きにより都市住民と都市内の土地所有者の生活の質は悪化し、逆ならば改善する。 どのシナリオの下でも、土地所有者への影響は所有する場所により異なる。人が増えた場所の地価や地代は上がる可能性があり、その土地所有者は得をする一方、逆線引き対象エリアの地価や地代は低下するため、その土地所有者は損をしてしまう。 都市内の関係者全員が得をするというのは難しい。誰かは損失を被るため、全体としての損得を慎重に吟味する必要がある。