超進学校「麻布」 一人前の卒業生になるために必要な“沈没”経験とは
初恋の失敗経験がきっかけでナンパ師に
社会学者の宮台真司さんは、麻布が学園紛争で荒れ狂っていた時代に入学した。中学生のうちは規定の時間の半分くらいしか授業が受けられなかったのではないかと振り返る。 授業がないので、ジャズ喫茶に出入りしたり、アングラ芝居を見に行ったり、プログレロックや実験ロックといった当時最先端の音楽を聞いたりしてすごした。空手部では先輩から同性愛的に愛撫の仕方を仕込まれたりもした。当時1万人以上の規模を誇った「ブラックエンペラー」という暴走族の副総長が在学しており、彼のバイクの後ろに乗って校舎内を疾走したこともたびたび。「鉄下駄禁止」「授業中の出前禁止」という麻布の不文律に、「校舎内でのバイク禁止」が加わったという。 東大文三を経て大学院まで進学するが、初恋の失敗と博士課程研究のストレスから、ほとんど病的なほどに夜な夜なナンパをするようになってしまう。 「高偏差値系の男性がナンパ師になる場合って、ほとんど初恋の失敗経験がきっかけです。もっといい女をゲットしてやろうみたいな強迫観念が原動力だったりするんですよ。僕の場合も初恋の失敗がありました。ところが常に初恋のひとと新しい女性を比べてあれも違うこれも違うってやっているうちに、だんだん感覚が麻痺していくんですね。ナンパを始めて2年くらいしたころから自分が無感動になっていくのがわかりました」(宮台さん) サングラスとレザーコートで武装し渋谷の街を夜な夜な闊歩する。機械的にナンパはするけれど、感情は動いていない。惨めな「ナンパサイボーグ」になってしまった。 「1987年から鬱で沈むまでの10年ちょっとの時間というのは、僕の感情の歴史のなかでは結構重要な修行期だった。このときに考えるべきことがいっぱい埋め込まれた気がしますね」(宮台さん)
「ずっと有名になりたいと、常に他人と自分を比べていた」
著書『 1分で話せ 』が40万部を超えるベストセラーとなった「プレゼンの神」伊藤羊一さんは、作家・田中康夫と泉麻人の共書『大学・解体新書』に描かれていた麻布生のキャラが実感にも近いという。 「『大学・解体新書』には、麻布がいちばんタチが悪いみたいに書かれていますよね。テキトーに生きているくせに東大に受かっちゃってしかもモテるみたいに。『テキトー』に見せるのが麻布の美学なんですよね。人前では『余裕だから』みたいな涼しい顔をして、ときどきとことんバカにもなるけど、裏でめちゃめちゃ努力している。僕の場合はその悪い面ばかりが強く出たわけですが、『伊藤さんって熱いけどボケてる』とか『賢いことを言うけど基本はバカ』とか、このギャップ萌えを武器にするのは麻布で身につけた習性ですよね」(伊藤さん) 東大を経て、人気就職先ランキング上位という理由だけで日本興業銀行に入行し、その空気に合わず、鬱を経験する。銀行員なのに髪を金に染め抜いて「俺は普通と違うんだ」とアピールしてみるもののますます痛々しい。 「高1でテニス部をクビになって、何に対しても斜に構えるようになってから26歳で鬱になるまでの約10年間は僕の暗黒時代なんです。大学に入っても斜に構えて、バイト、バンド、デートの日々。就職したらごまかしがきかなくなって、鬱になるんです」(伊藤さん) 文具メーカーに転職し、さまざまなビジネススクールに通い、自己改造を試みる中で、2011年の東日本大震災を経験する。そこで初めて損得勘定を超えて自らの意志で決定することの大切さに気づく。 「少年のころから50になるまでずっと有名になりたいと思って欲求不満で、常に他人と自分を比べていたんですよ。だから自分の人生を生きられなかった。50になってようやく呪縛から解き放たれたんでしょうね。要するに、『自分の人生を生きなきゃダメだ』と。それに気づいてからは人生楽しいですね。そうでないひとはいまつらいと思うんですよ。でもそれは『自分の人生を生きていないだけだろ、バカ!』って話じゃなくて、『わかる。俺もそうだった』って、伝えたい」(伊藤さん)