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あまりにも惜しい”大記録未遂”!ノーヒットノーランを9回2死から逃した投手たち

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THE DIGEST

 涌井秀章(楽天)が5日、ソフトバンク戦であわやノーヒットノーランの快投を演じたが、あと2人というところで川島慶三にヒットを打たれて大記録達成はならなかった。9回1死まででこんなにも「惜しい!」と感じるのだから、9回2死で初安打を打たれた投手の悔しさはいかばかりだろうか。大記録を目前で逃した投手たちのエピソードを振り返ってみよう。  ノーヒットノーランをあと一人で逃した投手は全部で21人(23回)。一方、達成した投手は81人(93回)もいることを思えば、むしろこちらの方がレアケースである。このうち、62年4月8日の坂東英二(当時中日)、63年5月26日のバッキー(当時阪神)、66年9月26日の佐藤公博(当時中日)は、そこから試合をひっくり返されて敗戦投手になっている。    こういう時は得てして意外な相手に打たれるものだが、その最たる例が別所毅彦(当時巨人)であろう。南海時代の42年にすでにノーヒットノーランを達成していた別所は、52年6月15日、松竹ロビンスを相手に9回2死まで完全試合を続けていた。  大記録まであと一人というところで松竹が代打で送り出したのが、プロ入りしてまだヒットを打ったことのない控え捕手の神崎安隆。のちに通算310勝を挙げる大エース別所にしてみれば与しやすい相手のはずが、フルカウントからショートへ飛んだボテボテのゴロが内野安打になって大記録は露と消えた。神崎がプロ生活で放った安打はこの1本のみで、別所にとっては意外な刺客だった。  

 その別所を上回る通算320勝を記録した小山正明(当時東京)は、結局ノーヒッターには縁がなかった。彼は65年7月15日に9回2死からノーヒッターを逸したのみならず、56年6月6日の大洋(現DeNA)戦で「初回先頭打者に安打を打たれた後、27人をパーフェクトに抑える」という珍記録も残している。「最初に1人のみに安打」と「最後の1人のみに安打」を両方達成したのは小山ただ一人だ。  彼らの後に“不運”の代名詞として知られたのが、ロッテでサブマリンとして活躍した仁科時成。83年8月20日の近鉄戦では、9回2死で迎えた3番・仲根正広へのシンカーが真ん中へ入り、ライト前へ運ばれた。84年5月29日には、同じ近鉄戦で再びチャンスが巡ってきたが、この時は2番・平野光泰に今度はスライダーを打たれた。    史上最も“不運”な投手の称号は、おそらく西口文也のものになるだろう。02年8月26日の対ロッテ戦、05年5月13日の巨人戦で、それぞれノーヒッターを寸前で逃しただけでなく、実は05年8月27日の対楽天戦でも、あと一歩で完全試合を逃している。いや、正確にはこの時、9回を終了した時点で楽天打線をパーフェクトに抑えていたのだが、一方の西武打線も、楽天の先発・一場靖弘の力投の前に沈黙。試合は延長に突入し、10回先頭の沖原佳典にヒットを打たれ、大記録は3度西口の手から逃げていった。  西口は15年の引退会見で「ノーヒットノーランを3度も逃したことが心残り」と語っている。やはり今回の涌井のように「そんなもんでしょう」と簡単に割り切ることはできなかったようだ。 文●筒居一孝(SLUGGER編集部)

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