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鹿島監督の嘆きがジーコジャパンを彷彿。 決定力不足も打つ手が見えず

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ただし、公式記録によればこの日のシュート数は4本。浦和も同様に4本だったが、これは極めて少ないほうだろう。そしてシュートは打たなくては入らない。  気になるのは「シュートを選択するかしないかは個人の問題」「練習ではシュートは入っている」というコメントだ。選手をかばい、尊重しているようでありながら、どこか他人事のように聞こえるのは気のせいだろうか。  思い出すのは、ザーゴに白羽の矢を立てて鹿島に招聘したジーコだ。2006年、ドイツワールドカップの舞台に立ったジーコジャパンは、史上最高とも言われる中盤のタレントを擁しながら、得点力不足に悩んでいた。  このときの日本代表はとにかくシュート練習の多いチームで、グループリーグ最終戦となったブラジル戦の2日前は、1時間15分、練習のすべての時間をシュート練習にあてた。翌日(ブラジル戦前日)はスタジアムでの公式練習しかできないので、内容のある練習ができる貴重な1日、それもジーコジャパンとしてきちんとした練習ができる最後になるかもしれない日をシュート練習に費やしたのだ。それは、シュートを打て、決めろという明らかなメッセージではあったが......。  ブラジル戦は、玉田圭司(現V・ファーレン長崎)が豪快なミドルシュートを放って先制したが、結局4-1で敗れ、日本のグループリーグ敗退が決まった。「シュートを打て」と言い続けたジーコは、日本人の決定力のなさを最後の最後まで嘆いていたという。  ザーゴ監督は、シュート力、決定力不足を嘆いているという点で、ジーコに似ている。勝てない原因を得点力不足だと結論づけているところは共通しているのではないか。  確かに、どんなプレーを選択するかは選手個人の資質であり個性の見せどころだ。一方で、内容には手応えを感じながら、勝てない→自信がなくなる→選択が消極的になる→シュートを打たない→得点が生まれない、という負の連鎖があるのも事実だろう。 「シュートが入らない」と嘆くのではなく、ゴール前で積極的な選択を選手にさせる手腕も、指揮官には必要なのではないか。

了戒美子●文 text by Ryokai Yoshiko

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