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理想と現実のギャップに苦しまない方法 心の駆け込み寺

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日経ARIA

悩んだり、イライラしたり、日々浮き沈みする心を穏やかにしたい……。そんな悩みに、心理カウンセラー僧侶の羽鳥裕明さんが寄り添い、仏教と心理学の視点からヒントをくれるこの連載。3回目は、「理想の自分」と「現実の自分」のギャップが気になったときの対処法を考えてみましょう。  生きるということは、まるで険しい登り道を一歩ずつ進むようなもの。そんなふうに考えてしまうつらいときであっても、「自分には寄り添ってくれる存在がある」と思えたり、「ここがあるから大丈夫」と思える安心基地があれば、人は心穏やかになり、前に進むことができる──そんなお話を、前回はさせていただきました。  安心できる場は確保した、さあ、次は挑戦してみよう。そんなふうに頑張ってみたのはいいけれど、自分の掲げた目標に向かうとき、とかく自分の能力とのギャップに悩むもの。「こうありたい」と思う理想の自分の姿に「現実の自分」が追いつかず、苦しくなることもあるでしょう。  今回はそんな、「理想と現実のギャップ」に悩んでしまったときにどんなふうに自分と向き合っていけばよいかについて、お話ししていきましょう。

人は理想と現実のギャップに戸惑い目を背けたくなる

 職場で能力を認められてある課題を任された。しかし、その課題をクリアできるかどうか、不安でたまらない。気負いすぎて緊張しすぎた結果、思いがけないミスをしてしまった。そのうち期待されることが重圧になり、外出がおっくうになったり電車に乗っているとお腹が痛くなるように……例えばこんなケースがあったとしましょう。  前回もお話しした、「カウンセリングの父」といわれる米国の心理学者カール・ロジャーズは、こうありたい、と思う自分のことを「自己概念」、そして現実のあるがままの自分を「自己経験」と呼び、「私たちの個性や人格はこの自己概念と自己経験の二要素から大きく影響を受ける」という考えを述べています。  自己概念と自己経験がぴったりと一致していれば、人は心安らかに生きていくことができる。この状態を「自己一致」と言います。しかし、両者の間が離れるほど、心にひずみが生じます。最初にお話しした事例でいうと、「期待に応えなければ」という高い「自己概念」に意識を集中させてしまうことで、本来の自分である「自己経験」が置き去りになり、両者のギャップが広がってしまった、という状態です。  頑張り屋の人ほど、「こうありたい」「こうあるべき」という理想の姿を色濃く描きがちです。そうすることによって自己概念と自己経験が大きくかけ離れてしまうのですが、そのことに気づかず、自分自身を責めてしまうことによって心身を崩してしまうことがあります。  よくやってしまいがちなのが、自己概念に自らを近づけようとしてがむしゃらに頑張ること。その一方で、「不安だ」「できないかもしれない」という感情にフタをして、はぐらかしてしまうのです。 【ミニ知識】人の悩みに関わる仏教用語の深い意味 諦める 自分にとって受け入れたくない事実や出来事があると、人はどうしてもそのことを「なかったこと」にしようとするものです。しかし、仏教ではありのままの事実を明らかにすることによって人は執着から逃れ、その出来事を受け入れることができる、と考えます。「諦める」という言葉は、この「明らかにする」という意味を持っているのです。

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