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歌舞伎町の黒服を経て“辞めさせ屋”に……開成卒の30歳起業家が明かす「退職代行ビジネスの裏側」

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文春オンライン

開成の同窓会で募った“岡崎基金”

 俺はボクサーになる――。そう思って帰国した岡崎は、開成の同窓会である提案を持ちかけた。「お金を集めようと思って“岡崎基金”を募ったんですよ。ボクサーになるから、年間3万でも5万でもいいから出してくれ、と。そしたら、その場にいた連中30人ぐらい、担任の先生まで面白がってくれて、みんなで出そうという話になったんです。高校のときも運動はできたんで、こいつならもしかしたら、みたいな。でも、その話を耳にした僕の親が激怒して。担任の先生に電話をして、『やめてください、そんなことは』って。それで結局、実現しなかったんです」  だが、そこまで宣言しておきながら、同時に岡崎の中ではボクシングへの熱が急速に冷めていったという。それは一体なぜなのか。 「結局、最後まで継続できてないのが僕の弱点な気がします。そこで自分がチャレンジしなかったということを考えると、僕はチャンピオンの器ではないと、どこかでうすうす気付いていたのかな、と。いま思えばですけど」  そうしてボクサーへの道を諦めた岡崎は、再び熱中できるものを失った。当時21歳。高校の同級生たちはまだ大学生だったが、次に岡崎が選んだのは“肉体労働”だった。

“歌舞伎町の黒服”から“辞めさせ屋”へ

「帰国してからは、とりあえずお金を貯めて家を出たかったんです。でも、就活とかそういうのはできる気がしなくて。自分は体を動かしてたら退屈しないタイプなので、じゃあ肉体労働しようと。で、適当な求人を見つけて、解体工を1カ月ぐらいしました。その後、型枠大工のほうが単価がいいということがわかったんで、そっちに移ったんですけど」  だが、工事現場の仕事は朝が早い。半年間は続いたものの、最後までその生活リズムに体が慣れることはなく、岡崎は別の仕事を探すことにした。「朝がつらいなら、夜働けばいいやと思って。それで見つかったのが、歌舞伎町のお店だったんです。夜のバイトを探して、たまたま一番最初に見つけたショークラブに行って、黒服として5年働いたという感じです。店長は頭まで刺青が入ってましたね(笑)」  そして、今――。歌舞伎町の世界に5年間染まった岡崎は、2017年に新たな道を歩み始めた。それが「辞めさせ屋」だ。会社に不満があるのに辞められない、そんな悩める会社員たちの退職手続きを代行するビジネスを立ち上げたのだ。翌年に創業した「EXIT株式会社」では、現在は戦友と呼ぶ新野俊幸と共同で、代表取締役社長を務めている。  だが、YouTubeで退職のノウハウについてハイテンションに語る姿と比べると、目の前の岡崎はまるで別人だ。そもそも、なぜ岡崎は“辞めさせ屋”を仕事にしたのか?

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