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追憶のアイスクリーム

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 幼い私の手を引くのは父ともう一人の知らないお姉さんの手だった。  父とシャチョーと呼ばれる大人たちが、昼間からビール片手に寛いでいる。  私もプールサイドでみんなに混じってジョッキを持つ手振りをしながら、「ソフトクリーム!」とねだったけれど「冷たいものは駄目。プールから上がってからにしなさい」と、父にとがめられた。  「依子はお腹が冷えやすいから」という母からのタレコミだろう。  黒水着の知らないお姉さんと唇が紫色になるまで水遊びをした夏の終わり。父とシャチョーと呼ばれる大人たちはまだ無駄話をしている。  「アイスは~?」と蚊の鳴くような声でねだると、お姉さんが、あっちで食べようと、ホテル内を指した。  身支度を整え、レースのついた三つ折りソックスに、赤いベルトの持ち手のついたコロンと丸い籐籠を抱えた幼い私が、美しいモザイクタイルの玄関右にある薄暗い部屋に吸い込まれてゆく。  そこには、今まで腰掛けたどれよりも高級な椅子があり、ちょこんと膝小僧をくっつけじっとしていると、緊張のあまり膝の後ろに汗のしずくが滴り落ちた。

 「私、ジンフィズ。こちらのお嬢ちゃんには、アップルパイにアイスクリーム添えてあげて」とボーイさんにウインクするお姉さん。  そのウインクがさっきまでの黒水着のお姉さんとはまたちょっと違う雰囲気で、まるで外国人さながら。ドキドキしながら思わず赤面したあの夏の日。  熱々のアップルパイにとろけるアイスクリーム。  「ほら、ちょっとこのトロトロはソフトクリームみたいじゃない?」  お姉さんは上手にアップルパイを切り分けながら私に微笑む。  とろりと溶けたバニラアイスを添え、スプーンに乗っけてアーンと口に運んでくれる。母親にすらアーンと口に運んでもらわないのに、ノーハンズとはこれいかに!   私は食べたこともない熱々と冷え冷えのコラボとお姉さんのウインクとアーンのノーハンズに完璧にノックダウン。「オトナって何なんだ!」と衝撃を食らった。  帰り道、父は社用車の運転席に、加東大介みたいな土建屋さんは助手席に、そしてシャチョーと呼ばれるおじさんと知らないお姉さんが私をはさんで後部座席に座った。

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