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「出産したら競技は無理。そんな声に負けない」苦しみ乗り越えたママ選手・高木エレナの挑戦

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REAL SPORTS

実戦トレーニングに入ってからの“苦しみ”

――日本選手権に向けては順調に突き進んでいけたのですか? 高木:9月からチームに入って実戦トレーニングを始めて、1カ月くらいはいろんなことができた時期だったので、本当に新鮮なことが多くて楽しかったです。時間が限られているけど、できることをきっちりこなそうと出産前にも感じられなかったような疲労感があって心地よかったです。「日本選手権までに試合復帰したい」と時間を無駄にできなかったので、一日一日を大切にトレーニングしていました。  ただ、2カ月目くらいからはイメージが先行し、それに体が追いつかないことを感じ始めました。正直、そのギャップに苦しみました。もっと基礎を上げていかないとイメージを実現化できないと、そこを高めるトレーニングをやっていきました。本来、チームにゴールキーパーが3人いて、全員で回してシーズンを戦えばいいと心に余裕がありましたが、1人がケガをしてしまって今シーズンは出場ができない状態になったので、もう1人と私とで戦っていくしかない状況になりました。途中から実戦的なトレーニングを積まざるをえないことになり、体が追いついていないので痛みが出たりとかはありました。  12月の日本選手権後にも少し痛みがあったりして、実際にはかなり波がありました。練習も18時から21時半までトレーニングして、そこから息子を迎えに行って、交代勤務の夫とやりくりするのも大変でした。11月、12月の頃は気持ちとしては大丈夫だったのですが、身体的には疲労困憊な時期で、結果的に1月末に一度体調を崩してしまいました。一気に熱が上がって、嘔吐しました。1日で回復しましたが、監督に相談したら「やっぱり休みも必要だね」と少し休みを挟みながらリーグを戦っていきました。 ――急に戦力としてプレーせざるをえない状況になって、自分自身のいい時のイメージと現実的に置かれた状態とのギャップに苦しんだのかなと想像します。 高木:練習が終わったあと、夫に「今日はこんなんだったんだよね」と話をすると、「過去にとらわれたらダメだよ。今やれることをきちんとやりな」と言われて「ああ、そうだよな。自分がやれることをやらないとな」と気持ちを切り替えて「明日はこれに集中してやろう」とは取り組んでいました。でも、試合を通してなかなか体が追いつかないことは感じていました。 ――8月に息子さんを預ける場所が決まり、9月から夜の練習にも3回入る決断をしました。それまでは自分のペースで参加していたわけですね。 高木:夜の練習は行ける時に参加し、昼間にトレーニングをしたり。夫が午前中に家にいる時はその時間にジムに行ったりしてトレーニングを続けていました。9月に子どもを預ける場所が見つかったので、週3回だけ夜の練習に本格復帰をしました。もちろん急に全部のメニューをみんなと同じようにはこなせないので、体の様子を見ながらトレーニングをしていこうという話になりました。 ――9月の本格復帰は身体的な状態が上がってきたから? 高木:瞬発的な動きも少しずつできるようになってきたので、無理のない程度にゴールキーパー練習も参加していましたが、9月に本格復帰してからも、最初は基本的に個人トレーニングです。基礎力をしっかりと高めながらゴールキーパー練習にちょこちょこ参加して「翌月はどうしようか」とトレーナーと模索しながら進めていました。その後、ある程度運動ができるベース、アスリートとしてプレーできる最低限のレベルに達したのでチーム練習にも参加しました。 ――トレーナーからは、どう言われていたのですか? 高木:試合復帰は具体的に12月だと掲げていましたが、トレーナーも「あくまで目標だから自分のペースでやっていこう」と言い続けてくれました。「練習できる時とできない時があるだろうから、できる時にきちんと取り組めばいいから焦らなくてもいいよ」と精神的にも支えてくれました。当然トレーニングをすればできることも増えるので、少しずついろんなメニューを追加しながら強化を図っていった感じです。

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