iPS細胞でがん治療、アメリカの研究はどこまで進んでいるか
京都大学の山中伸弥教授が、さまざまな細胞になることができるiPS細胞を世界で初めて発見したのは2006年だった。未来の医療をがらりと変えるかもしれない。そんな期待が膨らみ続けて10年あまり。いま日本だけでなく、世界各地で臨床試験が始まりつつある。本当に医療に変革をもたらすのか。iPS細胞を使ったがん治療の研究をしているダン・カウフマン教授(55)に聞いた。
――iPS細胞を使った再生医療の研究は、米国で盛んですね。 iPS細胞から網膜や神経の細胞をつくり、これまで治療できなかった病気を治そうとする研究に取り組むグループが、いくつかあります。バイオテック企業も開発に乗り出しており、それらの研究グループに投資が集まって、研究開発に拍車がかかっているという状況です。 まだ克服しなければならない課題はありますが、製薬企業や投資家たちはこの分野の進展を注視しています。iPS細胞を使った治療法は、いずれ広く普及するでしょう。私自身は、5~10年後にはそうなればよいと願っています。 米国の食品医薬品局(FDA)が承認した細胞を使った治療法が実際に出てきたことで、今後も承認が得やすくなってきていると思います。日本でも規制当局が細胞治療に非常に熱心に取り組んでいることは知っています。 ――教授自身は、どのような研究に取り組んでいますか。 iPS細胞から免疫細胞の一つ「NK細胞」をつくり、その細胞を患者の体に注射してがんなどを治療する研究をしています。ウイルス性肝炎やHIV(エイズウイルス)感染などの治療も目指していますが、特に注目されているのはがん治療です。すでに臨床試験に入っていて、多様な種類のがんに有効である可能性があります。 私は1990年代後半、人間の細胞から「ES細胞」をつくり出すことに成功したジェームズ・トムソン博士と一緒に仕事をしていました。ES細胞は、iPS細胞と同じく「万能細胞」と呼ばれ、さまざまな細胞になることができます。 当初の目標は骨髄移植の助けとなる細胞をつくることでしたが、非常に難しかったのです。そこで、他の種類の血液細胞にも目を向けました。 研究の過程で「リンパ球」という血液細胞に興味を持ち、約18年前に、たまたま最初に試したリンパ球の系統がNK細胞で、それが非常にうまくいったのです。現在はiPS細胞とES細胞の両方を使い、NK細胞の研究を続けています。 ――iPS細胞とES細胞はどう違いますか。 両者はほとんど本質的に同じです。iPS細胞は自分で作ることができ、大量に作ることもできるという特徴があります。iPS細胞の方が入手が簡単なこともあり、臨床に進むときは、iPS細胞が使われることもありますが、ES細胞にもまだ基礎科学として有用な面があります。ES細胞の役割はまだあると思っています。両者は非常に似ているのです。