Yahoo!ニュース

IDでもっと便利に新規取得

ログイン

生活保護費引き下げを容認する判決は法治国家の放棄? 木村草太教授「法律の文言も趣旨も無視している」

配信

  • この記事についてツイート
  • この記事についてシェア
BuzzFeed Japan

生活保護費の引き下げは「生存権」を保障する憲法25条などに違反するとして、取り消しを求めていた生活保護受給者らの訴えが棄却された判決。憲法学者の木村草太さんは、この判決を「法治国家の放棄」と強く批判する。どういうことなのか。BuzzFeed Newsは木村さんに話を聞いた。【BuzzFeed Japan / 千葉雄登】

判決の内容は…

政府はデフレによる物価の下落が2008年から2011年にかけて確認されていることなどを理由に、2013年に生活保護費の引き下げを行った。 原告は、この生活保護費引き下げの根拠となっている物価の下落率が、厚生労働省の専門部会で適切な手続きを経て承認されたものではないことを問題視していた。 物価の下落率の計算方法についても、生活保護世帯の消費実態に基づく調査結果の数字ではなく、一般世帯の消費支出をもとに計算されているため、実態とかけ離れたものであると主張している。 こうした原告の主張を受け、名古屋地裁の角谷昌毅裁判長が下した判決は以下の通りだ。 (1)憲法25条の「健康で文化的な最低限度の生活」は具体的な水準が変動し得ることを予定しており、生活保護制度の後退を禁じていない (2)物価下落を反映したことで実質的に当時の生活保護費は増えたと評価でき、判断が不合理であるとは言えない (3)一般世帯の消費支出をもとに支給額を算出することは不合理であるとは言えない (4)専門家の検討を経ることは通例ではあるが、専門家の検討を経ていないことをもって、その判断過程や手続きに過誤、欠落があったと言うことはできない その上で、生活保護費を引き下げるという当時の厚生労働大臣の判断は「国民感情や国の財政事情を踏まえたもの」であり、生活扶助基準を改定するにあたり、これらの事情を考慮することができることは「明らかである」とした。

法律の文言も趣旨も無視している

ーー判決文全文をお読みになった上で、どのような点で「法治国家の放棄」と感じられたのでしょうか? 当たり前のことですが、生活保護基準は、生活保護制度を利用する人が「健康で文化的な最低限度の生活」を営むことができるかどうかによって定めるべきです。 生活保護法8条2項は、基準を定めるときに考慮すべき事項を、「要保護者の年齢別、性別、世帯構成別、所在地域別その他保護の種類に応じて必要な事情」と定めています。 原告は、2013年の基準改定で「国の財政事情、国民感情、政権与党の公約」を考慮して基準を定めることは、違法・違憲だと主張しました。 〈国の財政事情が悪くなったり、政権与党が基準引き下げを公約したりすれば、より少ない金額で従来と同レベルの生活が可能になる〉という事実関係があるなら話は別ですが、そんなわけはないでしょう。 「国民感情」についても同様です。これらの事柄が生活保護法8条2項で定められている「保護の種類に応じて必要な事情」に該当しないのは明らかです。 ところが、裁判所は、原告らの主張は採用できないとして、国民感情や政権与党の公約を考慮して基準を定めてもよいとしました。 法律の文言も趣旨も無視しているわけですから、この判示は法治国原理の放棄です。 ーー判決は、国民感情と国の財政状況を理由に、生活保護基準の引き下げを適法としたのですか? 名古屋地裁は、〈国民が生活保護基準を引き下げろという感情を持っていたから、2013年の基準改定は適法だった〉と、ド直球に述べているわけではありません。 しかし、その内容を精査すると、急所の論証(重要なポイントの検証)があまりにもあいまいで、理論が示されていない。 国民感情云々の判示を前提にすると、裁判官は、〈国民感情が認めてくれるから、このくらいの論証でよいだろう〉と考えたということでしょう。 〈国のやっていることを正当化するには、国民感情を持ち出さざるを得ない〉と認めるのは、ある意味では誠実です。 もちろん、私が強調したいのは、「誠実」ではなく「ある意味」のところです。

【関連記事】