Tems『Born in wild』徹底解説 アフロビーツが巻き起こす新たな風
アフロビーツとは?
テムズがどのようなキャリアを築いてきたか説明し終えたところで、本稿で重要なキーワードになるアフロビーツに関して解説しよう。 まずこのアフロビーツという音楽を指し示す範囲はとても広い。いささか強引だが、アフロビーツとはナイジェリアのポピュラーミュージック全般を指し示す言葉であると、言い切ってしまってもいいかもしれない。 ここで、テムズのニューアルバムから一曲聴いてみよう。 アルバムにはR&Bやヒップホップの毛色が強い楽曲も多く収録されているが、この「Love Me JeJe」は、それらとは違うリズムを持ったトラックであることを感じ取れるだろうか。 この楽曲を読み解くうえでキーとなるのがクラーヴェ(※もしくはクラーヴェの派生系)と呼ばれるリズムで、カッカッ、カッカッカッと鳴っているリムショットがグルーヴの中心になっている。このクラーヴェを中心にベースライン、コード、歌、キックが構成されている……というイメージだ。 アフロビーツの全てにこのクラーヴェのリズムが入っているわけではないが、比較的多い傾向にある。そしてナイジェリアから見て外国人である我々が聴いて、アフロビーツの要素を感じ取りやすいのはこういった特徴を持つ楽曲だ。 もちろんこれだけでアフロビーツか否か決まるわけではなく、ナイジェリア現地の言葉や英語のアクセント(アフロビーツは英語詞も多い)、それらで紡ぐメロディやコード感、独特のリズムの訛りなど複数の要素でアフロビーツらしさ、つまりはナイジェリアの音楽の特徴を形成している……と理解していただければ幸いだ。昨今J-POPが海外からその高度なコードチェンジが注目される向きがあるが、シンプルな循環コードのJ-POPの名曲が星の数ほどあることを考えれば、高度なコードチェンジがJ-POPのマストの条件というわけではない、というのと同様だ。 アフロビーツの基本的な概要を説明したところで、興味を惹かれる動画を見つけたのでここで紹介したい。 動画の冒頭で出てくる《これはアフリカの文化的影響力とその音楽産業の台頭の物語です》というナレーションが、アフロビーツの立ち位置をうまく表している。さらに進めると、アフロビーツ・プロデューサーのSarzが非常に芯を捉えた表現をしており引用したい。 《Sarz曰く、アフロビーツの秘密は基本的に一つだけです。それは”ビート”。(~2:32)(中略)このサウンドは確かにアフリカ的だけど、同時に普遍的でもあるよね。誰もが聴いて、すぐに魅了されるような……(~3:48)》 アフリカ的でありながら、普遍的。このバランス感こそ、アフロビーツの真髄である。ナイジェリアのアーティストたちは自身のアイデンティティを反映しつつ、誰をも魅了するポップスを作り上げた。それがアフロビーツの正体だ。 そして注目すべきは、これほどの著名なプロデューサーがノートパソコン一つでグローバルヒットするような楽曲を数えきれないほど作り出しているということ。高価な機材なんて必要ない、必要なのは才能だけ。言葉はなくとも雄弁に物語っているように思えた。 上記の動画からクローズアップしたい点を取り上げて説明したが、実はYouTubeの日本語字幕をつければほぼ読めるはずなので、興味があればぜひ見てみてほしい。アフロビーツの熱とナイジェリアの空気感が伝わってくるはずだ。(※) ※動画内でも紹介されている通り、アフロビーツとアフロビートは全く違う音楽であることは付け加えておきたい。アフロビートの代表的アーティストであるフェラ・クティとテムズの楽曲を聴き比べると別の音楽であることがわかるはずだ。だが、全くの無関係というわけでもない。言ってしまえば若い世代のダンスホールレゲエのアーティストが、ボブ・マーリーをリスペクトしているようなもの。同じようにフェラ・クティはナイジェリアの広い世代から、自分たちの国が生んだ最も有名なアーティストとして尊敬され続けている。