【萩尾望都×最果タヒ】詩集『夜景座生まれ』刊行記念対談 詩を読む呼吸、漫画を読む呼吸
中原中也賞、現代詩花椿賞の受賞を経て、詩の映画化、詩の個展、詩と建築のコラボレーションなど、詩人という枠を超え、存在が加速し続ける最果タヒさん。第8詩集となる新作『夜景座生まれ』の刊行を記念して、「ポーの一族」から「王妃マルゴ」までデビュー50年を経て、いまなお現役をひた走る天才マンガ家・萩尾望都さんと、物語の作り方や考え方を語り合った。 * * * 萩尾 タヒさんにお会いしたのはだいぶ前ですよね。15年くらい前? 最果 そうです、その頃です。「別冊少年マガジン」での連載に、前からファンだった萩尾先生が絵を描いてくださったのがすごく嬉しくて。ちょうど原画展が行われていたので、サイン会に並んでお手紙を渡したんですよね。その後、先生からメールをいただいて「物語をどう作ったらいいのかが分からない」といった悩みを先生に相談するやりとりが始まって。あのときは色々なことを先生に相談しましたけど、いまだに悩んでいるんですよ。 萩尾 あらら、そうなの? 最果 インタビューとかで「なんで詩じゃなくて小説を書くんですか?」って、よく訊かれるんですけど……。 萩尾 「余計なお世話だ」とか言わないの? 詩も書いている小説家って結構いるから、3人くらい文豪を揃えておきましょうよ。「この人も、この人も書いています!」って。 最果 (笑)。他人に言われるぶんには「はい、その系統の質問ですね」って思えるんですが、小説を書いているときに自分があえて小説という形式を選んでいるんだという感覚に一瞬なってしまうと、作品を書ききれない感じがあって。先生は漫画という物語があるものを描かれていますが、「物語ってなんだろう?」って思ったりします? 萩尾 世の中にはいろんな理不尽なこととか理解できないことがあるけど、物語はそれを理解してくれる世界だと思いますね。だから人が書いた物語を読んでいても自分で書いていても、とりあえず「ザ・エンド」っていう落とし所があるとほっとします。それがハッピーエンドでも、アンハッピーエンドであっても。 最果 でもそれは現実にある理不尽さや問題とかに完全な答えが出るわけではない? 萩尾 うん、出るわけではない。逆に完全な答えが出ていたら、作品としてちょっと説明過剰になってしまう。私は母との間に色々なことがあったので、親子関係を描く作品のアイデアをずいぶんと作ったんですけど、どれもただの愚痴になってしまっていたんです。でも、なぜ親とうまくコミュニケーションを取れないのかという理由をずっと考えている中でした「もしかしたら私は人間じゃないのかもしれない。宇宙人かもしれないし、イグアナなのかもしれない」という連想から「これネタとして面白いんじゃない?」となって。「イグアナなら嫌われて当然だよね」って諦めることを理解したところ『イグアナの娘』の話がうまく出来上がりました。 最果 諦める……! それは「ザ・エンド」がつくと安心するのとつながっている気がします。 萩尾 そうですね。それまで母と分かり合えないたびに腹を立てていたんですが、『イグアナの娘』を描いて以来、腹が立たなくなりましたね。 最果 あと以前、先生は描きたいシーンがあって、そこを目指しながら作ると話されてましたけど、私はそうはできなくて。特に最近は人とうまく話せないイライラからくる「こういう会話が本当はしたいんや!」という会話文から書いているんですが、それがすごく楽しくて。 萩尾 あ、それはいいですね。 最果 以前はモノローグや一人の心のうちをとても熱心に書く人間だったんです。けど会話に転じた瞬間に二人になるから……相容れないわけじゃないですか、二人って。でも小説での会話だと現実と違って、その相容れなさをぶつけられるんですよね。相手に「訳わからんこと言うな!」と怒ったり、これまでモノローグで書いていたことに、その場でツッコミを入れてくれたりするというか。相容れない状態のままでも会話文が進んでいくと、相容れなさそのものが解決されないままで描かれて、そのままで決着がつく気がするんです。それがとても嬉しい。やっぱり相容れないことを恐れてしまうことが日常では多いから。あと結局、自分が好きな会話って、自分で書かないと読めないんだなって思ったりもしていて。 萩尾 じゃあ、どんどんタヒさんの好きな会話を書いて。読んでみたい! 最果 はい! そうしようと思っています。お話を読むと登場人物をまず好きになるから、自分で書くときもどんな人物で、どんな世界観で動かそうと考えてしまうんですけど、会話から書き始めるとそういうことや「物語ってなんだろう?」と考えなくて済むし、自分ではない登場人物でも何か自分とつながっているように感じられるんですよ。そうするとフィクションでも書けるし、「物語じゃないと描けないものって、やっぱりあるぞ!」と実感できて。ここまでたどり着くのに、すごい時間がかかってしまいましたが(笑)。先生の作品も読んでいると、会話が面白いなって感じます。 萩尾 ありがとうございます、私も会話文がすごく好きなんですよ。「この本、買おうかな、どうしようかな?」というときは会話のシーンだけ読んでみて、面白かったら買うようにしていて。あんまりハズレがなくて、いいですよ。 最果 これを読んだら、みんな緊張して会話文を書き始めそう(笑)。