『紫式部日記』から『光る君へ』。道長との関係を忠告される藤式部、晴れやかで艶やかな冊子作りと大晦日の引き剥ぎ事件【光る君へ 満喫リポート】
伊周の正二位昇進の意味するところ
I:中宮彰子に皇子誕生を見たこの段階で、一条天皇は伯父の伊周(演・三浦翔平)を正二位に叙します。道長と同位です。これは、道長に対する牽制というよりも、次代の東宮(皇太子)は、皇后定子(演・高畑充希)所生の敦康親王(演・渡邉櫂)を想定していて、伊周に対してそれにふさわしい待遇を与えるということでしょうか。 A:確かにそんな感じもしますが、ややこしいのは、一条天皇の東宮は、居貞(いやさだ)親王(演・木村達成)であるということ。つまり敦康親王を東宮にするためには、自身が居貞親王に譲位する必要があるということです。しかも敦康親王を東宮にするには道長という障壁もあるわけです。 I:道長は当然、自らの初孫である敦成親王を東宮に据えたいと思っているわけですよね。 A:そうした中で、伊周の係累(母の妹、妻の兄)が、敦康親王に東宮になってもらう工作をするように伊周に強く進言します。東宮になり、やがて即位ということになれば、その外戚は栄華を極められるわけですから、力が入らないわけはありません。伊周は伊周で道長に対する呪詛を行なっていましたが、そういう背景があったというわけです。歴史の結果をみれば道長の圧勝だったわけですが、最後の最後まで情勢は緊迫していたということでしょう。
「内裏の警護はザル」を露呈した大晦日の事件
I:さて、そうした中で、寛弘5年の大晦日、内裏で事件が発生します。これも『紫式部日記』に記録されているエピソードになります。 A:引き剥ぎがふたりの女房の衣服をはぎとって逃げたという事件です。劇中では、被害者の女房が小袖をまとっていましたが、実際には、裸でおびえていたということですから、相当な恐怖だったのでしょう。『紫式部日記』にはこの事件の後日譚が書いてあります。大意としては、あの日襲われたふたりの女房が普段は衣を着ている姿を見ても、ふたりの裸姿が思い出されて、恐ろしいと思う反面、おかしくて、でもそれを口に出さないでいるのです、といったことを書いているんですが、この紫式部のつぶやきが妙に面白い。 I:さすがに裸は大河ドラマには出せなかったんでしょうね。大晦日とはいえ、女房らが悲鳴をあげたにもかかわらず、なかなか人が来なかったといいます。内裏の警護というか、セキュリティがいかに脆弱だったのか。 A:平和ボケといえば平和ボケ。そんな鷹揚な時代だったということですね。 I:そして、私がドキッとしたのがもう一か所。『源氏物語』の冊子作りにいそしむ中で宮の宣旨(演・小林きな子)が発した「このような美しい紙に書かれた文をもらいたいものです」。なんかいい味出しているなあ、と嬉しくなっちゃいました。 A:え、留めにその話ですか(笑)? 私としては、宮の宣旨が髪を箱に入れて寝ている様子にびびっときましたね。以前も乱れ髪箱に髪を入れて寝る様子が『光る君へ』で出てきましたが、今回は宮の宣旨。最高に良かったです。 I:宮の宣旨、なんかいいですよね。ハマりそうです。
●編集者A:月刊『サライ』元編集者(現・書籍編集)。「藤原一族の陰謀史」などが収録された『ビジュアル版 逆説の日本史2 古代編 下』などを編集。古代史大河ドラマを渇望する立場から『光る君へ』に伴走する。 ●ライターI:文科系ライター。月刊『サライ』等で執筆。『サライ』2024年2月号の紫式部特集の取材・執筆も担当。お菓子の歴史にも詳しい。『光る君へ』の題字を手掛けている根本知さんの仮名文字教室に通っている。猫が好き。 構成/『サライ』歴史班 一乗谷かおり