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「勝利の文化が崩壊していた」A・コールが“禁断の移籍”を語る! 金銭目当て批判には不満を吐露

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SOCCER DIGEST Web

「カネは最後の最後だった…」

 サッカー界ではこれまでに数多くの“禁断の移籍”が成立してきた。その全てを挙げれば、キリがないが、2006年の夏にアーセナルからチェルシーへ渡ったアシュリー・コールのそれも世間を騒がせたひとつだ。 【PHOTO】 現地番記者が選ぶ「過去20年のアーセナル・レジェンドTOP10」を厳選ショットで振り返り!  アーセナルの下部組織出身だったA・コールは、1999年のトップチームデビュー以来、攻撃的サイドバックとして瞬く間にレギュラークラスへと成長。2003-04シーズンには、プレミアリーグ無敗優勝にも貢献した。  そして、絶対的地位を築いていた2006年8月にA・コールは、同じロンドンのライバルで、アーセナルとはプレミアリーグの覇権を争うようになっていたチェルシーへと移籍する。  当時はチェルシーが相次いでスター選手を獲得していたため、A・コールはアーセナル・サポーターたちから「契約金が目当てだ」と非難され、一部からは「“キャッシュ”リー・コール」とも揶揄された。  物議を醸した“禁断の移籍”について本人が真相を明かしている。現地時間5月24日に英公共放送『BBC』の取材で、A・コールは次のように話した。 「私がアーセナルでプレーし始めたとき、チームにはキーオン、シーマン、ヴィエラ、アンリ、アダムスという核がいた。そして異なるグループ、環境、選手がいるという点で変化することが簡単だった。  だけど、彼らが退団し始めた時、私はアーセナルの勝利の文化に穴が開き始めたと感じた。崩壊しているような気がして、そのギャップを埋められていなかった。だから、異なる文化の中で自分自身を確立するという意味で、そして勝利への意欲と欲求によって、移籍を決断したんだ」  黄金期を担った名手たちの退団と勝つことへの欲求を決断の理由としたA・コールは、金銭目当てという古巣サポーターたちからの皮肉について、「お互いに感じ取り方にミスがあった」としたうえで、揶揄されることへの不満を露わにしている。 「100パーセント私のせいでもなければ、100パーセント彼らのせいでもない。あの時は少し頑固すぎたのかもしれない。ちょっと辛い思いをした。正直、私は少しだけ子どもっぽかった。でも後悔はしていない。この状況は変えられない。  たまたまそうなっただけのことだ。もしかしたら、運命だったのかもしれない。誰にもわからないだろう? でも、お金についてみんなが思っているようなことはなかった。不公平に感じるよ。クレイジーだね。カネは最後の最後だった」  この元イングランド代表DFの発言に対して、今なお恨みを吐露しているアーセナル・サポーターたちは、どう受け止めるだろうか。 構成●サッカーダイジェストWeb編集部

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