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上地結衣が「信じられない」と喜びの涙。 全仏OP初制覇で観客を魅了した

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東京五輪&パラリンピック注目アスリート「覚醒の時」第31回 車いすテニス・上地結衣全仏オープンテニス(2014年) 2018年の全仏OPダブルスで準優勝を果たした穂積・二宮ペア  アスリートの「覚醒の時」――。  それはアスリート本人でも明確には認識できないものかもしれない。  ただ、その選手に注目し、取材してきた者だからこそ「この時、持っている才能が大きく花開いた」と言える試合や場面に遭遇することがある。  東京五輪、そしてパラリンピックでの活躍が期待されるアスリートたちにとって、そのタイミングは果たしていつだったのか......。筆者が思う「その時」を紹介していく――。  東京五輪・パラリンピックの開催が決まった翌年の2014年は、当時20歳の車いすテニスプレーヤー・上地結衣(三井住友銀行)の成長が強く印象に残る一年だった。  そのなかでも、6月の全仏オープンでの活躍は忘れられない。2年前から車いすテニスのグランドスラムに出場するようになった上地は、この大会のシングルスで屈強なライバルを倒し、日本人女子選手として初めて頂点に立ったのだ。 「魔物が棲む」とも言われるローランギャロスのクレーコートは、車いすを漕ぐほど轍が深くなり、車輪がひっかかることもある。さらにボールは高く弾み、座ってプレーする車いすテニスプレーヤーにとって、チェアワークとショットのコントロールがより難しくなるサーフェスだ。  だが、上地はコートの上で誰よりも輝きを放った。身長143cmながら躍動感あるスピーディーな動き、とくに決勝で見せた戦略的かつ粘りのあるプレーは観る者を惹きつけた。相手はロンドンパラリンピック銀メダリストのアニク・ファンクート(オランダ)。上地と同じサウスポーで、体格を生かしたパワフルかつ安定したストロークが持ち味の強敵だ。

第1セットの序盤は上地がリードしたものの、第7ゲームでサーブの調子を落とすと逆転を許す。そこから互いにブレークする我慢の展開が続くが、粘って相手のミスを突き、タイブレークを制した。その勢いをキープしつつ、第2セットは冷静なプレーを貫徹する上地。追い込まれて大声を上げるなど、徐々に感情をあらわにするファンクートを退け、見事にストレートで勝利した。  赤土の上で「信じられない」と喜びの涙を流す新女王に、激闘を見守った観客からは暖かい拍手が送られた。  快挙はこれだけに留まらない。コンディションを維持し、なんと上地は全米オープンでも優勝。ダブルスにいたっては、1年間で4大大会すべてを制覇する年間グランドスラム達成という快挙を成し遂げており、まさに飛躍のシーズンだった――。  1994年4月に兵庫県明石市で生まれた。先天性の潜在性二分脊椎症で、成長とともに車いすの使用を始め、11歳から車いすテニスを始めた。今でこそ、各地でジュニアの大会が開かれているが、この頃はジュニア世代の選手が非常に少なく、大人に交じってプレーをしていた上地。そのおかげでぐんぐんと成長すると、14歳の時には史上最年少で日本ランキング1位にまでたどり着いた。  急伸の契機となったのが、高校3年生で初めて出場した2012年のロンドンパラリンピックだ。当時の女子は、前人未到の4連覇を達成したエスター・バーガーを筆頭に、オランダ勢が席巻していた。そのなかで単複ともにベスト8の成績を残した上地は、日の丸を背負う誇りと世界のプレーを肌身で感じたという。そして、就職か進学を考えていた高校卒業後の進路に、「車いすテニスプレーヤー」という選択肢が加わった。

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