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今日は何の日:7月11日

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原爆ドームの永久保存決定

1966(昭和41)年 広島市議会が7月市会本会議で「原爆ドーム保存の要望」を満場一致で決議した。原爆ドームは、過去の悲惨な記憶を呼び起こさせるとして、撤去論が一時高まった。劣化が進行しており、残すには補強工事が必要だった。しかし、被ばくし白血病で死亡した女子高校生の日記が公開されたのをきっかけに、保存を求める市民らの運動が始まり、市議会の保存決議が実現。全国から工事のための寄付金が集まり、これを資金にひび割れを防ぐ保存工事が行われた。その後も補修が繰り返されている。

御木本幸吉 真珠養殖に成功

1893(明治26)年 御木本幸吉(1858~1954)が真珠の養殖に成功。真珠研究の第一人者、箕作佳吉(みつくり・かきち)東京帝国大教授に面会し、真珠形成の仕組み、養殖法についてアドバイスを得て3年後のことだった。この真珠は半円形で、真円形の真珠養殖に成功したのは1905(同38)年。幸吉は真珠養殖のことがわかる観光施設を造り、現在もミキモト真珠島には多くの見学者が訪れる。

労組を結集、総評が発足

1950(昭和25)年 労働組合の全国組織「日本労働組合総評議会(総評)」が都内で結成大会を開いた。日本共産党の労組支配に対抗する民主化同盟(民同)系列の組合が結集して設立された。結成後、政治闘争に傾斜する動きが起きたが、合成化学産業労働組合連合会(合化労連)委員長の太田薫が総評議長となり、春闘など経済闘争を重視する現実路線を歩んだ。総評は、組織労働者のほぼ半数をその傘下に収める組織となり、戦後労働運動の中核を担う勢力となった。

日本の翼「YS11」試作機が完成

1962(昭和37)年 日本初の国産旅客機YS11の試作1号機が完成。英ロールスロイス社製のターボプロップエンジンを搭載した双発中型機。半官半民の日本航空機製造(日航製)が設計・開発と生産管理、品質管理、販売を行い、生産を重工各社など機体メーカーが分担して、最終組立を三菱重工業が担当した。1号機は同年8月30日に名古屋空港から初飛行した。日航製が74(同49)年までに試作機2機を含む182機を製造した。同社は累積損失の解消にめどが付かず、82(同57)年9月に解散。

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