なぜ中国でインフラ建設ブーム? ムダな公共施設を整える「政府の奇妙な動向」
国内経済の不調と輸出市場の好調
――先ほど今回は現地の工場を視察したとお話しされていましたが、どのような発見がありましたか。 【ヤーロー】中国全土の工場をくまなく見て回ったわけではありませんが、それでもいくつかの工場をこの目で見ることができたのは貴重な経験でした。その経験と現地の経済学者から聞いた話を合わせると、国内市場向けの産業はかなり厳しいですね。 たとえば、私はある家具工場を訪問しましたが、国内向けに製造販売している家具メーカーの収益はコロナ禍以前の3分の1から4分の1に減少しています。中国では家計が厳しい家庭が多く、また雇用の見通しも明るくないため、新しい家具はなかなか買われないからです。 他方で、輸出市場向けの企業はかなり好調です。もちろん輸出に頼る以上、不確実性から逃れることはできませんが、少なくとも現時点においては貿易黒字が拡大しています。 好調な中国企業を見ると、さまざまな種類のサービス産業が黒字を叩きだしていることがわかります。旅行会社のトリップ・ドットコムやオンラインショッピング企業のアリババやテム、あるいは教育サービスの企業やゲーム会社などが挙げられます。 福建省のゲーム会社を訪問したところ、同社の幹部は「国内市場は低迷しているが、当社は海外市場を軸にビジネスを展開しているので上手く回っている」と説明してくれました。これらの市場は好調であり、海外での消費は依然として旺盛です。 ――たとえば、テムのオンライン・プラットフォームではじつに安い値段でさまざまなモノを買うことができますが、彼らはいったいどのように利益を生み出しているのでしょうか。 【ヤーロー】賃金の抑制もさることながら、広範囲にわたるデフレ現象が関係していると私は考えています。また少なくない投資家たちが、いまは利益をあげられていなくとも、5年後、10年後には国際市場を独占して利益を生み出せるだろうと期待して、いまのうちに投資している可能性もあります。 しかし、中国の輸出企業は好調ではあるものの、リスクも存在しています。たとえば、今年のデータを参照すると、スマートフォンなど携帯電話関連の輸出が急激に減少していることがわかります。実際の輸出額と輸出量は数年前と比較して大幅に減少しているようで、これは言うまでもなく悪い兆候です。 ――アメリカのトランプ前大統領時代の対中関税の引き上げの影響でしょうか。 【ヤーロー】そうだと思います。トランプ政権時代以降も、好調を維持する輸出企業は存在していたし、依然として中国からアメリカに向けてかなりの規模で輸出されていました。しかし、次第に特定の分野で変化が見られるようになりました。それがスマートフォンなどの製品です。 電気自動車(EV)などと比べてセキュリティの問題に関わる製品であるため、アメリカ側が慎重に取り扱っていることが理由の一つでしょう。以上の点に鑑みれば、いまはまだ好業績の中国の輸出産業も、大きなリスクをはらんでいることがわかります。 なお、私は中国の役人やビジネスパーソンから、何度も「インドやベトナムについてどう思いますか?」と聞かれました。彼らはおそらく、製造拠点が中国からほかの地域に移ることを心配し始めているのでしょう。 ただし、一方でアメリカのビジネスパーソンと話すと、とくに製造業では産業能力をほかの国や地域に移転する「脱中国」のプロセスは非常に難しいと口にします。中国に代わる生産拠点は、いまの時点ではなかなか選択肢がないのが現実です。 ――インドも選択肢にはならないのでしょうか。 【ヤーロー】じつのところ、一般的に語られているほどには魅力的な場所ではありません。官僚主義が厳しすぎるため、事業を立ち上げることが非常に難しいし、訓練を受けた労働者の数も充分ではありません。 インドに進出したアメリカ企業が、現地で人材を集められず、中国の工場で働くエンジニアを派遣したケースもあると聞きました。この企業はベトナムやメキシコにも中国人労働者を派遣して、現地の人に仕事を教えさせているといいます。 ――「脱中国」を進めることが難しいならば、私たちのサプライチェーンは今後も中国に縛られたままなのでしょうか。 一部にはそうした悲観論もありますが、私からすれば短絡的で視野の狭い議論です。いま中国を歩けば、工場の質がかなり低水準だった25年前と比べて、目覚ましい発展を遂げたことがわかります。 彼らは産業能力を劇的に向上させたわけですが、ほかの国でも中国と同じように力を集中させて、しかも時間さえかければ、ある程度は産業能力を向上させられるでしょう。中国にできたことをほかの国では不可能と考えるのは、歴史を顧みない非理論的な言説です。
リチャード・ヤーロー(ハーバード大学ケネディスクール・フェロー)