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両腕に“後遺症”今も…15年連続50試合以上登板の岩瀬さん「一瞬一瞬にかけていた」毎試合備える者の宿命

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中日スポーツ

[野球ファンに届ける 本紙評論家リレーコラム]岩瀬仁紀

 僕の右腕と左腕には現役時代の後遺症が出ている。右手にはしびれが残っていて、動きが今ひとつ悪い。左肘は、ちょっとしたことで動かす際にもカチッとはめてからでないと気持ちが悪い。 【写真】引退セレモニーで目頭を押さえる岩瀬さん  右手のしびれは2009年に症状が出た。原因が分からず、利き腕とは反対だったこともあって誤魔化しながら投げていた。左肘痛は15年。痛みが何度も再発し、この年は1軍登板のない唯一のシーズンになった。  どちらも今なお原因不明のままだ。精密検査を受けても、しびれや痛みの原因となる異変が見つからなかった。  いったい何だったのか。簡単に言えば「勤続疲労」だろう。酷使して、限界を超えたときに動かなくなった、ということ。当時30代後半から40代に差しかかる年齢だったけど、僕の体には「四十肩、五十肩」と言われるのと同じような現象が出ていたのだと思う。  原因を突き止めようとすること自体に無理があったのかもしれない。13年までの15年間、シーズン50試合以上の登板を続けた。プロ野球で前例のないことだったから、そもそも比較、検討する対象が過去にない。  後遺症のある自分の体から思いを巡らすと、それだけ過酷なことをやってきた、という結論にたどり着く。一緒に戦った浅尾も、痛めた右肩が治ることはなかった。代償は大きかったと思う。でも、僕らは一瞬一瞬にかけて投げていた。戦っているとき、将来のことまでは見ていなかった。  体のケアやトレーニングはもちろんしていた。助けてくれたトレーナーや周りの人たちには今も感謝している。そのときそのときで、できる限りのことはしていたと思う。それでも追いつかないところ、足りない部分というのはどうしても出てくるものだ。  単純に、投げればそれだけ毛細血管が切れる。身を削るのはある意味、毎試合登板に備えるリリーフの宿命なのだと思う。体を傷つけるのが避けられない商売なのだが、負担の軽減につながること、逆により大きくなることを来週は書きたいと思う。

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