韓国で社会現象も…映画『シュリ』初公開時になぜ日本の観客は恐怖したのか? 徹底解説
舞台となった1998年当時の韓国と北朝鮮の関係
第二次世界大戦後朝鮮は北緯38度線によって韓国と北朝鮮に分かれた。その後、社会主義による統一国家を目指した北朝鮮が、韓国を攻撃したことをきっかけに1950年6月、朝鮮戦争が勃発。 のちに、アメリカが韓国を、中国が北朝鮮を支援して国際的な戦争に発展したのち、1953年に休戦協定が結ばれた。 もともと一つの国だった韓国と北朝鮮の関係は複雑で、対立を強めることもあれば、理解を示すこともある。だから、社会情勢を色濃く映す映画というジャンルでも、当然、時代ごとに描かれ方は変化する。 『シュリ』の時代設定は1998年。2002年に開催されるサッカーW杯に向けて南北朝鮮統一チームが結成されることを受け、徐々に和平ムードが漂い始めるも、北朝鮮の第8特殊軍団は納得できず、統一のための戦争を目論む。 第8特殊軍団は秘密裏に韓国に侵入し、液体爆弾を仕掛けてテロ行為を計画するも失敗に終わる。追い詰められた軍団のリーダーは次のように叫ぶ。 「北の人々は飢えと病で道端に倒れて死んでいる。木の皮や草の根でも足りずに土まで食ってる人民の子どもが国境を超えた売春街にたった100ドルで犬のように売られていく。餓死した子の肉を食う母親と父親を見たことがあるか?」 リーダーは、「サッカーで統一などあり得ない。茶番だ」と吐き捨てる。このシーンでは、彼らが慈悲を持ち合わせない殺人マシンのテロリスト集団ではなく、強い信念を持ち、祖国のために行動している軍人であることを強調している。
『シュリ』を起点に変化していった北朝鮮のイメージ
公開当時はインターネットも発達しておらず、今ほど海外の動向を手軽に得られなかったため、韓国のエンターテインメントについて知っている人はほとんどいなかったはずだ。 そんな中、物珍しさと評判の良さにつられて劇場に足を運んだ人たちは、内容の激しさや深さ、北朝鮮という国の悲惨さに頭を殴られたような衝撃を受けた。 だが、韓国映画で描かれる北朝鮮像は画一的ではない。いや、かつては画一的だったが、『シュリ』を起点に変化していった。 例えば、北緯38度線の共同警備区域における両国兵士の交流をテーマにした『JSA』(2000)では、北朝鮮の兵士は、韓国兵士とも交流を深める一方で祖国への忠誠心を捨てきれない人情味あふれる人物として描かれている。 最近だと、韓国の財閥令嬢が北朝鮮に不時着したことから始まるラブストーリー『愛の不時着』が記憶に新しいだろう。この作品で描かれる朝鮮人民軍の軍人は、真面目で情に熱い、愛すべき人物だ。 長びく休戦の中で、南北の関係や、それを捉える人々の感覚は変わりつつある。その感覚は、コンテンツの中で描かれる北朝鮮のイメージにも反映されるため、歴史の流れを知る上でも非常に興味深い。 冒頭でも触れたが、『シュリ』の劇場上映は25 年ぶりであり、その裏にはファンからの強い要望と監督の努力があった。この記事を書くにあたり、改めて試写鑑賞したが、古さを感じさせない物語と変わらない衝撃があった。 『シュリ デジタルリマスター』は、9月13日(金)より、シネマート新宿他全国でロードショーされる。本作を見ずに韓国コンテンツは語れない。この機会にぜひ劇場で堪能してほしい。 【著者プロフィール:中川真知子】 映画xテクノロジーライター。アメリカにて映画学を学んだのち、ハリウッドのキッズ向けパペットアニメーション制作スタジオにてインターンシップを経験。帰国後は字幕制作会社で字幕編集や、アニメーションスタジオで3D制作進行に従事し、オーストラリアのVFXスタジオ「Animal Logic」にてプロダクションアシスタントとして働く。2007年よりライターとして活動開始。「日経クロステック」にて連載「映画×TECH~映画とテックの交差点~」、「Japan In-depth」にて連載「中川真知子のシネマ進行」を持つ。「ギズモードジャパン」「リアルサウンド」などに映画関連記事を寄稿。
中川真知子