【毎日書評】仕事がつまらないのは「仕事をおもしろくするスキル」が足りていないだけ
仕事がつまらないのは運のせいではない
普通の人は、“おもしろさ”とは対照そのものにある性質だと考えている。著者はそう指摘しています。つまり、おもしろい仕事、おもしろい遊び、おもしろい本、おもしろい映画などが“おもしろい”のは、その内部にもともと「おもしろさ」があるからだと捉えているのだということです。 ならば、おもしろくないもののなかには、“おもしろさ”がないということになります。また、そうした考え方だと、おもしろい仕事に出会えるかどうかも「運次第」ということになるでしょう。 たまたま引き当てた仕事のなかに“おもしろさ”があれば、それは“おもしろい仕事”になります。でも、それがなかったとしたら“つまらない仕事”になってしまうわけです。 すると、「仕事がつまらないのは運が悪いせいなので、自分にできることはなにもない」と、ただ仕事をしながらモヤモヤを抱え、悩み続けることになってしまうかもしれません。 一方、仕事の面白さに「悩まない人」は、「面白さ」の捉え方がまったく違う。 対象そのものに内在する性質ではなく、あくまでも人に依存した性質だと考えているのだ。ある仕事を「面白いもの」として見る人がいて初めてその仕事は面白くなる。仕事を面白がれない人から見ると、仕事はたちまち「つまらないもの」に変わる。結局、「面白い仕事」と「面白くない仕事」があるのではなく、「どんな仕事も面白くできる人」と「仕事を面白くできない人」がいるにすぎないのだ。(159ページより) つまり、仕事がつまらないのは運のせいではないということ。ましてや、その仕事を任せた上司のせいでもないはず。あくまでも原因は、「仕事をおもしろくするスキル」が足りないことにあるわけです。(158ページより)
仕事をおもしろくするために必要なもの
世の中で“おもしろい”とされているものの多くは、それをおもしろがる「スキル」が低かったとしても充分に楽しめるようにつくられているものだと著者はいいます。たとえば、スマホのゲームやYouTube動画などはその典型。予備知識や技術がない人でも、それなりに楽しめるようになっているからこそ、「これはおもしろい」と話題になりやすいわけです。 ところが仕事のおもしろさは、最初から万人向けにデザインされているわけではありません。初めてすぐに「おもしろい」と感じられるとは限らず、ある程度のスキルを積み重ねていかないと“おもしろさ”を味わえない領域もたくさんあるのです。 したがって必然的に、「おもしろがるスキル差」が表面化しやすくなるはず。ある人はイキイキ楽しそうに働いているのに、同じ職場で働く別の人は、ものすごくつまらなそうにしている──。そんなことがあるのであれば、つまりはそれが「スキル差」だということです。 いいかえれば、「仕事をおもしろくするスキル」が足りていない限り、どれだけ異動や転職を繰り返したとしても、仕事はつまらないままになってしまうわけです。だからこそ、著者は次のように訴えるのです。 必要なのは「仕事の転換」ではなく、「思考アルゴリズムの転換」である。そのための第一歩は、「つまらない」の原因が「仕事のせい」ではなく「スキル不足のせい」だと気づくことだ。(161ページより) 仕事のレベルが低いままだと、どうしても視野に入らない価値観が生まれてしまいます。だから、仕事はおもしろくならないのです。しかし逆に考えれば、スキルが上がっていけばいろいろな“おもしろさ”にアクセスできるようになるということです。 「悩まない人」の世界観では「面白くない仕事」は存在しない。 もし、世の中のだれ一人としてその仕事を面白いと思っていないなら、たしかに「この仕事は面白くない」と言ってもいいだろう。「面白さ」とは人間の解釈にすぎない。「面白い」と解釈する人がゼロなら、そう結論づけるしかない。 しかし、現実にはそんなことはないだろう。同じ職場を見渡したとき、あるいは、同じ業界内を探し回れば、少なくとも何人かは仕事に面白みを感じているはずだ。(162ページより) そこで、世の中にもしひとりでもその仕事を「おもしろい」と感じている人がいるのなら、「なぜなのか?」を徹底的に確認すべき。その人の“おもしろがるスキル”を学び、それと同じやり方をすれば、仕事がおもしろくなる可能性は誰にでもあるということです。(160ページより) あらゆる悩みは、「思考不足」からきているのだと著者は述べています。だからこそ、「考え続ける」ことが重要なのだと。悩む必要がなくなるまで問題と向き合い、考えを突き詰めていけば、いつしか悩みから解放されているのかもしれません。 >>Kindle unlimited、2万冊以上が楽しめる読み放題を体験! Source: ダイヤモンド社
印南敦史