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津波の脅威“あの日のまま” 命を守り抜いた学校 山元町 中浜小学校〈宮城〉

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仙台放送

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宮城県南唯一の震災遺構・山元町の中浜小学校が、9月26日の一般公開を前に、9月16日、報道機関に校舎内が公開されました。9年半前の津波の脅威が、生々しく残っていました。 海からおよそ400メートルのところにある山元町の中浜小学校です。 東日本大震災で、2階建ての校舎は高さおよそ10メートルの津波に襲われました。 寺田早輪子リポート 「入り口入ってすぐ、児童たちの昇降口でした。下駄箱は流されてしまっています。こちらは吹き抜けの多目的ホールです。児童たちが給食、集会したところ。津波、引き波で、教室から流されてきた机や椅子が積み重なっています」 2階の天井付近まで浸水した校舎。津波の威力をそのまま伝えようと、安全対策工事を施したほかは直後の状態を残したまま展示されています。 地震直後、「10分後には津波到達」というテレビからの情報を得て、児童や教職員、地域住民など90人は、2階へ避難しました。 寺田早輪子リポート 「2階に上がってきました。こちらは図書室前のホールだったところです。地震から約15分後、児童はここに整列して点呼をとっていたということです。この時まだ停電は発生していませんでした。6年生の教室ではテレビがつけられていました。午後3時14分。大津波警報の情報が更新されて『10メートル以上の津波が予想』されるという情報を知って、屋上へ避難したということです」 屋上にある屋根裏倉庫です。この場所が、90人の命を守りました。 寺田アナウンサー 「そのまま、当時のまま、残しているのですね」 山元町教育委員会生涯学習課 八鍬 智浩さん 「学芸会の衣装などが段ボールに入って保管されていました。その段ボールを解体して床に敷いたり、身にまとって、寒さをしのぐ工夫をしています。氷点下3度の外気の中、余震を感じながら一夜を過ごした心細さ、子供の呼吸音が聞こえてくるような、そういう場にしたくて、そのまま残しています」 避難した90人は、翌朝、自衛隊のヘリコプターに救助され、全員が無事でした。 「震災遺構・中浜小学校」。9月26日に一般公開が始まります。

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