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【書評】著者自装の美しい造本をぜひ手に取って堪能したい 『失われたいくつかの物の目録』

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婦人公論.jp

◆造本も含めて完璧に美しい書物 あたりまえの話だけれど、今ここにある物(人)よりも、失われた物(死者)のほうがずっと多い。そして、わたしたちはそのほとんどを忘れていってしまう。忘れたことも忘れていってしまう。ドイツを代表する現代作家の一人、ユーディット・シャランスキーの『失われたいくつかの物の目録』は、物語の力で12のかつて在ったものたちを忘却の淵からすくい上げようと試みる短編集だ。 海洋地震で沈んでしまったツアナキ島。1960年代に絶滅したカスピトラ。物理学者が捏造した一角獣の骨格標本。17世紀の画家にして建築家コルトーナの初期重要作とされていたが、今や廃墟も撤去されてしまったサケッティ邸。18世紀の画家ゲインズバラの代表作「青衣の少年」を模した絵が登場する、ムルナウの散逸してしまった最初の映画。紀元前7世紀の女性詩人サッフォーの、ほとんどが失われてしまった恋愛詩。1945年に焼失した由緒ある城。3世紀にすさまじい勢いで信者を増やしていき、多くの言語による翻訳は残っているのに、原典は行方が知れないマニの七経典。火災によって失われた19世紀の画家カスパー・ダヴィッド・フリードリヒの作品。人類の知識をテーマごとに記したプレートを、木々にくくりつけた森の百科事典。東ドイツと、そこに存在した共和国宮殿。月を愛した天体観察愛好家が19世紀に発表した月面図。 作者はこれらの失われたものたちを、それぞれ異なる形式と多彩な文体で今に蘇らせている。その試みを支えるのが、自然科学、歴史、博物学、思想、美学、文学に関する深い教養だ。各章の漆黒の扉の裏側もじっくり眺めてほしい。造本も含めて完璧に美しい書物だ。 『失われたいくつかの物の目録』 著◎ユーディット・シャランスキー 訳◎細井直子 河出書房新社 2900円

豊崎由美

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