結局のところ、バターは体に悪いのか、悪くないのか? 半世紀以上の論争を経て振り出しに戻った「善悪二元論」のいきさつ
トランス脂肪酸という新たな敵
バターが敬遠されるようになったアメリカでは、空前の低脂肪ブームがやってきた。食品企業はこぞって低脂肪食品を投入し、ヘルシーを謳った。しかし脂肪を減らしたぶん、物足りないコクやカロリーを砂糖や炭水化物で補うことになり、肥満率を上昇させるという皮肉な結果を生んだ。 さらに悪いことに、救世主と思われた硬化油に致命的な欠点がみつかった。 1990年代初頭、栄養学研究の第一人者であるハーバード大学のウォルター・ウィレットは、硬化油をつくる際に生じるトランス脂肪酸こそが悪玉コレステロール(LDL)を増やし、善玉コレステロール(HDL)を減らし、心疾患のリスクに関係していると指摘した。 つまり、マーガリンは思ったよりもずっと〝体に悪い〞油だったことが明らかになったのだ。 飽和脂肪酸から硬化油への切り替えを済ませた大手食品メーカーやファストフードチェーンは、再び矢面に立たされた。2003年、ナビスコ社の「オレオ」とマクドナルドのポテトに対してトランス脂肪酸を含むことを理由に訴訟が起き、いずれもトランス脂肪酸の排除を約束して決着した。 同年、世界保健機関(WHO)と国連食糧農業機関(FAO)がトランス脂肪酸の摂取量を一日の総カロリーの1%以内にとどめるように勧告。デンマークをはじめ、各国で規制や表示の義務づけが進んだ。 訴訟が相次いだアメリカでも、2006年からすべての加工食品にトランス脂肪酸の含有量を表示するように義務化された。風当たりの強さはやまず、2015年にはトランス脂肪酸が多く含まれる硬化油を原則禁止にすると発表し、2018年から実施されている。 日本はいつも遅れてアメリカのあとを追ってきた。 1989年(平成元)に理研ビタミンが業界初のノンオイルドレッシング「リケンのノンオイル青じそ」をリリースし、1991年(平成3)にキユーピーがカロリー50%カットしたマヨネーズ「キユーピーハーフ」を発売。一気に低脂肪食品市場が盛りあがった。 違ったのは、トランス脂肪酸に対する規制である。アメリカで表示義務が始まった2006年(平成18)から、日本の大手メディアでも報道されるようになり、民主党政権下の2010年には表示義務が検討された。 しかし、業界の大反発を受け、見送りになったまま今にいたっている。理由は「日本人のトランス脂肪酸の摂取量は、平均値で、総エネルギー摂取量の0.3%である」ため、「通常の食生活では健康への影響は小さい」と考えられているからだ。 だが、それはあくまで平均値である。総エネルギー摂取量に占める脂質の割合は20%以上30%未満が目標量として推奨されているが、30%を超えている人は、20歳以上の男性で約35.0%、20歳以上の女性で約44.4%に及ぶ。 その背景には、炭水化物を控え、脂肪分とタンパク質を多く摂るローカーボ(低炭水化物)ダイエットの流行が影響しているのかもしれない。 とまれ、脂肪を多く摂っていたら、そのぶんトランス脂肪酸の摂取量が増えていたとしてもおかしくない。2016年(平成28)に一部改正された「食生活指針」には「脂肪は質と量を考えて」とある。質を考えようにも、表示すらなければ判断できないと思うのだが、違うだろうか。