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鬼頭志帆

なぜ地方創生は難しいのか

2017/02/04(土) 13:28 配信

オリジナル

安倍内閣が進める「まち・ひと・しごと創生総合戦略」は2017年度から、5カ年計画の3年目に入る。メディアでは「地方創生」と呼ばれる一連の政策によって、政府は、東京一極集中の是正を目指しているが、東京圏への人口流入はむしろ拡大している。一方、独自の取り組みで移住者を増やしている地域もある。「地方創生」の難しさは、どこにあるのか。現場を歩いた。(ライター・三橋正邦/Yahoo!ニュース編集部)

地方には「きつい要求」をしている
石破茂・前地方創生担当相
「焦らずに、できることから」
石橋良治・邑南町町長
「あくまで主役は地域住民」
津久井富雄・大田原市長
「都会の方がいい」という幻想を打ち破る
藻谷浩介・日本総研主席研究員、地域エコノミスト


地方には「きつい要求」をしている

そもそも、「地方創生」政策とは何なのか。2014年9月の第2次安倍改造内閣発足時から、2016年8月の内閣改造で退任するまでの約2年、地方創生担当相を担当した石破茂氏に、政策の狙いを改めて聞いた。

石破茂・前地方創生担当相

撮影:安部俊太郎

いま1億2700万人いる我が国の人口は、西暦2100年には半分以下の5200万人になると予想されています。その大きな原因の一つは、「出生率の高い地方から、出生率全国最低の東京に人が集まっていること」にあります。

地方創生について「衰退する地方を活性化する地方振興策」という理解をしている方がおられるようですが、それは間違いです。地方創生の狙いは、地方に雇用を生み、東京への一極集中を是正し、そして、最終的には日本の人口減少を食い止めることにあります。

具体的な政策として、日本全国のすべての自治体に、期間を5年として将来人口の推計を出し、先を展望する人口ビジョンを作成していただき、それを元に人口減少を克服し雇用を創出するための「総合戦略」を練っていただきました。

これまでも、各自治体ではさまざまな地方振興のための計画が作られてきました。しかし、そのほとんどは、役人と役人が呼んできた識者のみで作ったものばかりで、住民の方々が立案に関わったり、計画の内容が住民に広く理解されたりするようなことは少なかった。やはり、その地域のことは、その地域で生活し、働いている人にしかわかりません。ですから、今回の総合戦略では、「産官学金労言」の体制で作っていただくことにしています。

「産」とは地域の産業のことです。商工会議所、建設業協会、商店街、JAなどが、このカテゴリーに入ります。「官」は市役所、あるいは町村役場ですね。「学」はその地域にある大学、高等専門学校そして高校。地域によっては中学までも含みます。教員のみならず、学生や生徒もメンバーになりえます。「金」とは地方銀行、信用金庫です。実効性のある計画には、やはり「お金」のことがよくわかっている人たちが関わる必要があります。「労」は労働組合です。労働者一人一人の働き方が変わっていかなければ、日本は変わらない。最後の「言」は、その地域で何が起こっているのかを一番知っている地方の新聞、テレビ、ラジオです。

さらに、こうした体制で作られた総合戦略が、本当に実効性のあるものか、官民連携ができているか、地域間連携ができているか、といったことを専門家が二重三重に検討していきます。そして、国として、「これは本当にいい計画だ」と判断したものを支援します。

こうした政策は、地方の自治体の皆さんにとっては、「やりやすくなった」というところもある反面、「きつい要求をされている」と感じられるはずです。実際、私も、「きつい要求をしている」と認識しています。しかし、国に陳情して予算を要望していればいい、という自治体運営では、もう日本は立ち行きません。地域のことは、その地域のことを一番よく知る皆さんが立て直す。その積み重ねこそが日本を立て直すことにつながるのです。

地方から日本を立て直す。なんとしても地方の皆様には踏ん張って欲しいと考えております。

「焦らずに、できることから」

「地方創生」の以前から、独自の取り組みを進め、定住増加に一定の成果が出ている自治体がある。島根県の内陸部に位置する人口1万1000人の小さな町、邑南(おおなん)町は、2011年度に「日本一の子育て村構想」を掲げ、この数年、Uターン、Iターンで村に移住する若者が急増したことで注目を集めた。取材に訪れると、町の中には子連れの姿が目立つ。田園風景が広がる中にあるイタリア料理店「AJIKURA」には「満席」の看板がかかっていた。

蔵を改装したイタリア料理店「AJIKURA」(撮影:後藤鈴子)

同店は、11年に町観光協会の経営でオープンし、地元の食材を使ったメニューの開発や後進の指導の拠点となっている。同町の地域創生の現状と課題を、石橋良治邑南町町長が語った。

石橋良治・邑南町長

撮影:後藤鈴子

邑南町の合計特殊出生率は、2012年が2.65、2008年からの5年間の平均は2.15でした。2012年時点での日本全体の平均1.41をはるかに上回っています。日本全体でみると歯止めがかかっていない少子化ですが、邑南町だけ見ると保育所はいっぱいいっぱい状態で、少子化は止まっているんですね。

これは、平成23年(2011年)度から取り組み始めた「A級グルメ」と「日本一の子育て村」という2つの政策の結果だと、私たちは考えています。

「A級グルメ」とは、私どもの自慢の食材を都会の方々に食べていただく取り組みです。子どもを産んでいないメス牛、年間限定200頭というブランド牛の石見和牛や石見ポークといった肉、ルッコラやロマネスコといった西洋野菜、こだわりのトマトやキュウリなどの自慢の農産物を町内のイタリア料理店「AJIKURA」で提供しています。お店にいらっしゃった方の評判ももちろんですが、ネットの口コミサイトでもたくさんのコメントをいただいています。

取材当日のランチメニュー。石見和牛や野菜など地元の食材が使われている(撮影:後藤鈴子)

一方、「日本一の子育て村」は、子育て世代の女性と子どもを大事にすることによって、若者の定住を狙う政策です。具体的には第二子以降の保育料は全額無料、医療費も0歳から中学卒業まで無料にしました。

「子育て村」のお話をすると必ず尋ねられるのが財源についてです。過疎債(過疎地域と認められた市町村だけが発行を認められる地方債)に加えて、以前から計画し、積み立ててきた2億5000万円の基金を利用しています。

こうした政策に加えて、移住してくれた方々が継続的に仕事のできる環境を整えているつもりです。地方の仕事といえば、「農業」というイメージが強いかもしれませんが、邑南町では、若者たちが就く職業は、農業のほかにも、医療福祉関係、自動車部品、食品加工、あるいはスキー場などのリゾートと多岐にわたっています。

おかげさまで2013年には20人、2014年には6人、2015年には28人と、3年連続の転入超過となりました。しかも転入者は、子連れ世帯が中心です。2010年から2015年までの間に邑南町定住促進課の関わりで153世帯262人の方が定住されていますが、その中には59人の児童も含まれています。

こうした取り組みをしてきて実感するのは、地方に若者を呼び戻すには、「10年ぐらいのスパンで計画を立てること」が必要だということです。いくら地域の「強み」を生かしたとしても、一朝一夕には達成できない。邑南町ではこれからも、焦らずに、できることから取り組んでいくつもりです。

「あくまで主役は地域住民」

大田原市の複合施設「TOKO-TOKOおおたわら」2階の「わくわくらんど」で遊ぶ子どもたち(撮影:鬼頭志帆)

子どもたちのはしゃぐ声がホールに響く。大型滑り台やボールプールなどを組み合わせた巨大な複合遊具には、さまざまな年齢層の、多くの子どもたちの姿があった。

「わくわくらんど」は、栃木県大田原市の中心部に位置する地上7階の官民共同の複合施設「TOKO-TOKOおおたわら」の2階にある。市街地に人を呼び戻すことを目的に目的に2013年に全面オープンした。1~4階には集客の目玉である子ども施設のほか、店舗や図書館、市民交流施設が入り、5~7階は住宅になっている。

津久井富雄大田原市市長は、「補助金バラマキ」の象徴として批判されがちないわゆる「箱モノ」であっても、取り組み方次第で地域活性化につながると自信を見せる。

津久井富雄・大田原市長

撮影:鬼頭志帆

「TOKO-TOKOおおたわら」は、平成20年(2008年)に議会で承認された、中心市街地活性化の施策に従って作られたものです。子どもたちが思いきり遊んでいる間に、大人がショッピングフロアで地元食材の買い物をしたり、学生さんたちが図書館で勉強できるように作られています。

「自治体が作る箱モノはうまくいかない」というイメージを持っている方も少なくないでしょう。実際、事業開始前には「あんなところにそんな施設を作ったって人なんて集まるわけがない」というお叱りを受けたこともありました。

でも今、大田原市では、その「箱モノ」が中核となって、市内の子育て世代や学生さんたち、それから周辺地域からも人が集まってきてくれているんです。2013年10月の開園以来、3年で訪れた人は230万人に達しました。しかも、その60パーセントが市外からのお客様です。「わくわくランドは子どもを安心して遊ばせられる」「図書館は落ち着いて勉強できる」など大好評です。

「TOKO-TOKOおおたわら」1階のTOKO-TOKOマルシェには、100軒を超える地元生産者からの朝採り野菜が並ぶ(撮影:鬼頭志帆)

「TOKO-TOKOおおたわら」が利用者から評価をされているのは、自治体と事業者となる市民ががっちりとスクラムを組んで計画をしたものだからだと考えています。

こうした地方創生事業は、補助金を頼りにしないで運営していくという事業者の覚悟が、とにかく重要だと思います。行政の指示にただ従うのではなく、「この町に何が必要なのか」ということを、本音をぶつけ合って議論する。

最近は、利用者の皆さんからも、投げ銭ライブや写真コンテストなど、自主的なイベントが立ち上がるようになってきました。地域が復活するための施策を打つのは行政でも、主役となるのは、あくまでも事業者であり、利用者である地域住民なのだと思います。

「都会の方がいい」という幻想を打ち破る

邑南町や大田原市のように、意欲的に取り組んでいる事例はある一方で、全体としてみると、地方から東京圏への人口流出は、止まるどころか、むしろ加速している。

地方創生の5か年計画(まち・ひと・しごと創生総合戦略)では、東京圏から地方への人口転出を4万人増やし、地方からの転入を6万人減らすことによって、10万人の転入超過を解消する計画だった。しかし、東京圏への流入は逆に拡大しており、2016年には11万7868人の転入超過。転入超過数は10代後半と20代の若者が大半を占めている。

若者はなぜ、地方から東京に向かい、地方へ戻らないのか。

『デフレの正体──経済は「人口の波」で動く』『里山資本主義 日本経済は「安心の原理」で動く』などの著書を持ち、東京への人口集中の誤りを年来指摘してきた藻谷浩介氏は、日本人には地方に対する「誤解」と「心理的問題」があると語る。

藻谷浩介・日本総研主席研究員、地域エコノミスト

撮影:稲垣純也

私は一貫して、日本経済低迷の原因は「生産年齢人口」の減少に伴う需要数量の減少だと指摘してきました。生産年齢人口とは、15歳以上65歳未満の数ですが、家や車をはじめとした様々なモノを購入し、内需を牽引するのはこの年代、特に20代から30代の子育て世代です。

40年前から出生者数が減少している日本では、20年前から生産年齢人口も減り始めました。なのにモノの生産量は自動化が進んで減らず、供給過剰で値崩れが続いています。必要なのは成長戦略といった空念仏ではなく、子供の減少への歯止めなのです。

ではどうすれば、出生者数減少を食い止めることができるでしょうか。

それは、合計特殊出生率1.24と全国最低の東京に、出生率の高い地方から若者が流れ込む現状を変えることです。一人でも多くの東京在住の若者を、出生率1.96の沖縄、1.78の島根、1.71の宮崎などに移住させることが、日本の消滅を防ぐ最短距離の方策です。

私にとって「地方創生」とは、「かわいそうな地方に頑張って欲しい」といった心情的な政策ではありません。「日本経済の縮小を食い止めるための方法」として地方創生が必要だと考えているのです。

全国平均1.45。厚生労働省発表の2015年の人口動態調査による合計特殊出生率から作成(図表制作:ケー・アイ・プランニング)

しかし、東京と比べて地方は暮らしにくい、という「誤解」と「心理的問題」が、地方創生を足止めしています。

例えば、私の父親の出身地である富山県は、先端ハイテク企業が多く立地し、自然は東アジア屈指に豊かです。生活保護率は全国最低、家の広さや食材のレベルは全国最高。外国人には「海と平野のあるスイスだ」と言われている。しかし、その富山からも、15〜64歳の生産年齢人口は流出しているのです。

上京する若者は「地方には仕事がない」という。ですが団塊世代が退職した今、どの地方も圧倒的な「人手不足」です。日本有数の過疎県・島根でいえば、2016年7〜9月期の完全失業率は全国平均の3.1%に対し2.0%と、国内最低レベル。地方は東京より給料水準は低いが、労働時間は短めで、物価や家賃は安い。この明確な事実が、なぜか誤解されたままなのです。

さらに、「田舎よりも都会がえらい」といった根拠のない思い込みによって、田舎から都会への人口流出が加速しています。出生率が低い都会の現実を直視し、田舎で暮らす若者の人間らしい暮らしに多くの人が着目していくことこそが、地方創生の鍵となるのです。


三橋正邦
1961年富山県生まれ。フリーランスとしてゲーム会社でのプログラミング及び作曲、シンクタンクでの報告書作成、専門学校講師、都議会議員秘書などを経てライター活動を始める。主な執筆協力に『eラーニング白書』(オーム社)『完全保存版THE芸能スキャンダル!』(徳間書店)など。

[制作協力]
夜間飛行
[写真]
撮影: 鬼頭志帆、安部俊太郎、ベル・プロダクション 後藤鈴子
写真監修:リマインダーズ・プロジェクト 後藤勝

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