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大手メディア記者から転身して1年、ドローンレーサーになった男の「熱狂する力」

2016/10/04(火) 11:58 配信

オリジナル

プロスポーツ化する「ドローンレース」

この1年ほどで欧米を中心に急速に人気が高まっているドローンレース。

今年3月にドバイで開催されたドローンレース世界大会は100万ドルという賞金総額が目玉となりさまざまなメディアで取り上げられたのでご存知のひとも多いだろう。

また最近では米国でドローンレースのテレビ中継が始まったり、フォードや日産欧州などの大手企業がプロモーション動画でレースドローンを起用したりするなど、新しいスポーツ/エンターテイメントとして広く認知され始めている。

アジアでも日本、韓国、中国、シンガポール、マレーシアなどでドローンレース国際大会が開催されるようになってきており、コミュニティは着実に拡大している。

まだプロスポーツとして確立しているわけではないが、プロスポーツ化に向けた動きが活発化しており、今後ドローンレースを専業するパイロットも増えてくる可能性もある。

そんな中、自らドローンレースの世界に飛び込み日本におけるドローンレース普及を促進しようと奮闘するパイロットがいる。

シンガポールを拠点にさまざまなドローンレース国際大会で活躍する日本人ドローンパイロット、細谷元。ドローンレースには大まかには2種類あり、スピードを競うトラックレースとアクロバット飛行を競うフリースタイルが存在する。

2016年3月にドバイで開催されたドローンレース世界大会ではフリースタイル部門に出場。国際大会のフリースタイル部門へ出場した日本人は細谷が初めてという。

※映像は細谷氏がドバイ国際大会の予選を通過した実際のアクロバット飛行の様子

(提供:Gen Hosoya Music: Tobu - Higher)

そんなパイオニア的な活躍を見せる彼だが、ドローンを初めて触ったのはほんの1年前。簡単なホバリングさえままならなかった素人がいかにして短期間で世界大会に出場できるまでに至ったのか、その理由を探る。(ライター・岡徳之/Yahoo!ニュース編集部)

頭に装着しているのはFPVゴーグル。ドローンからのライブ映像を見るためのデバイス(撮影:Chris P/Chrisppics+)

「好奇心旺盛で凝り性」を絵に描いたような人生

彼は自身の性格を「好奇心旺盛で凝り性」と説明する。

小学校時代は席にじっとしていられず授業中に外に飛び出す問題児。中学では音楽に没頭し不登校に。高校には行かずそのまま音楽の道を志すも米同時多発テロをきっかけに国際情勢に関心を持ち、通訳者・翻訳者を経て、大学入学検定試験を受験、大学に入り国際関係を学んだ。

さらにリーマンショックで金融に興味を持ち、英国の大学院で金融工学を学び、アジアの金融センターであるシンガポールに渡った。まさに「好奇心旺盛で凝り性」という性格を物語る経歴だ。

やがて細谷の次なる好奇心は「ドローン」へと向く。ドローンを主なテーマとしたメディアの立ち上げに加わることになったのがきっかけという。

片手で持てるほどの大きさのドローンが空中を自由自在に飛び回る(撮影:Chris P/Chrisppics+)

「触ったことがないテクノロジーをメディアで発信することはできない。だから自分で体験しないとダメだと思ったんです」

初めて触ったのは今から約1年前、小型のおもちゃドローンだった。初めての操作ではまともにホバリングすらできず、悔しい思いをした。だが、これが細谷の好奇心スイッチをオンにしてしまった。その後すぐに、当時話題となっていたDJI社のPhantom3を購入し、空撮を始めた。

空撮をする過程でドローンのメカニズムだけでなくカメラや撮影技法などについてさらに深く知りたいと、ハリウッド映画の空撮に携わったことのあるシンガポール屈指のドローンパイロット、ケニー・チュア氏が経営するドローンショップに入り浸るようになる。

世界最大級のドローンのレースの様子。

仕事が終わってからショップに行って深夜まで入り浸り、見よう見まねでドローンを作っては飛ばす。そんな日々が3カ月は続いたという。

一方で、ドローンの別の側面「スピード」と「アクロバット」への関心も高まっていったという。

この頃から彼の好奇心を刺激し始めたのが米国のトップドローンパイロットの1人、チャープ(カルロス・ペトラス)氏の映像だ。

スピード感があってアクロバティックで音楽にマッチした映像。2015年半ばからストリートカルチャーやエクストリームスポーツの文脈でじわじわと人気が高まってきたFPVレースドローンによるフリースタイルという世界だった。

初めてチャープの映像を見たとき、「なんでこんな動きができるんや? かっこいい!」と大きな衝撃を受けたという。通常の空撮ドローンではあり得ない動き。案の定、自分でもやってみたいという強い衝動に駆られる。

(撮影:Chris P/Chrisppics+)

ドローンレーサー転向半年で世界大会に出場

FPV(First Person View)レースドローン(ドローンに搭載されたカメラがをまるで一人称のような視点でみることができる機体のこと)を自作し、チャープ氏のように飛ばそうとするも、なかなか思うようにいかずクラッシュの連続。最初の方に自作したレースドローンはすべて大破した。

「とにかく練習量が大事だと思い、昼休み、仕事終わりと時間を見つけては近くの公園に飛ばしに行ってました。ドローンショップの連中もドローンレースにはまっていたので、彼らに連れられ誰もいない駐車場に行って午前3時とか4時まで飛ばしてたことも多々あります」

FPVドローン三昧の日々が続きなんとか憧れのチャープと同じようなトリックを決められるようになったころ、ドバイでドローンレース世界大会が開催されるとの噂を耳にした細谷はアクロバット飛行を競うフリースタイルでエントリーを行った。世界中から有名パイロットが集まる世界大会だ。「絶対出場したい」熱望しつつも、この時、初めてドローンに触れてからまだ数ヶ月。「予選突破すら難しいだろう」と思っていた。

ところが蓋を開けてみれば予選の映像審査は通過することができた。チャープ氏を始め海外のトップパイロットたちと同じ場所で飛ばせるという期待と興奮はこれまでにないものだったという。

「ドバイでは機体の調整不足で自分の思った通りの飛びができず悔しい思いをしましたが、海外のトップパイロットたちに会い彼らの熱気を感じ取れたのは収穫だったと思います。今後『自分が何をしたいのか』が明確になったので」

ドローンレースはSFの世界へ、その「熱」を伝えたい

ドバイで細谷が感じたのは、海外のドローンレースの盛り上がりを日本に伝えること、そして日本のドローンレースシーンを海外に発信することの必要性だ。

すでに海外ではドローンの若手のパイロットが台頭しつつある

「日本の識者のなかには日本のドローンを取り巻く状況は海外に比べて2周、3周遅れと指摘するひとがいます。シンガポールから日本を見てもそうだと感じます。産業利用にせよ、ドローンレースなどのエンタメ利用にせよ、ドローンがまだ一般に認知されていないから、その可能性に気づいて熱狂するひとが少ないんだと思います」

もっと日本でドローンに熱狂するひとを増やしたい。そのために映像のインパクトが大きいドローンレースの世界を伝えたいというのだ。

「フリースタイルでの映像表現はまだまだいろんなことができそうなので、追求したいです」

さまざまテクノロジーを吸収しながら目まぐるしい勢いで変化するドローンの世界。それはレースの世界にも当てはまる。

「今後はドローンがネットワークにつなっがたり、人工知能を搭載した自律飛行型のものが登場して、人間とレースしたり、フリースタイルをやったりする。そんなSFのような世界の入り口に立っていると思うとワクワクします」

ドローン空撮からドローンレース、そしてその先のテクノロジーへ細谷元の好奇心はとどまりを知らないようだ。

(撮影:Chris P/Chrisppics+)

細谷元

(ほそや・げん) 
1982年生まれ。ジャズやフュージョンに影響を受け音楽の道に進む。その後、同時通訳・翻訳、英国大学院留学、コンサルティング会社を経て、大手通信社シンガポール支局で記者となる。2013年同通信社を退職後、ドローン、サイバーセキュリティ、人工知能分野での取材・研究・活動に注力

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