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今村拓馬

難関大も「面倒見のよさ」打ち出す 少子化で学生奪い合い

2016/09/06(火) 15:16 配信

オリジナル

かつては放任主義だった大学の姿勢が変化している。首都圏の難易度の高い大学でさえ、少人数授業や保護者会の開催など「面倒見のよさ」を打ち出す。減り続ける18歳人口を背景に、特に地方出身の学生に大学側が目配りをしているのが、最近の特徴だ。
(Yahoo!ニュース編集部/AERA編集部)

「放任」は過去のもの、早稲田も手厚いケア

「いい意味で裏切られた。入学前は、マンモス大学だから丁寧な対応を期待しても無理だと覚悟していたんです」

長男が早稲田大学3年に在籍する新潟県在住の女性(48)は、大学側のきめ細かい対応に驚いている。大学受験まで親子二人三脚で取り組んできたため、親元を離れて長男がやっていけるのか、気がかりだった。だが、大学は学生一人ひとりに目配りしてくれていると感じる。

放任主義で留年も多いというのが早大のかつてのイメージ。マスプロ大学と思われがちだが、今は違う。授業規模は44パーセントが20人以下で、50人以上は2割ほど。学生最大4人に講師1人がついて、英語でのコミュニケーションをみっちり学べる授業もある。

背景には、首都圏の大学で地方出身の学生の割合が減ってきていることがある。昨今の経済状況では地方在住の親も生徒も地元志向。少子化の影響もある。例えば早大では約65%を首都圏出身者が占める。進学率も頭打ちで18歳人口は今後減り続けると予測されており、優秀な学生を集めるためにも大学は地方の学生の支援に乗り出しているのだ。

撮影:今村拓馬

保護者へのケアも手厚い。早大は2009年度から、地方在住の父母向けに毎年「地域交流フォーラム」を開催。保護者のニーズが最も高いのが「個別面談」だ。

大学は事前に往復はがきで案内を送り、面談を希望する父母・保証人は相談内容を書いて返信。担当職員が、教務課などと協力して回答を用意して面談に臨む。女性も、この9月に開催予定の今年のフォーラムに3年連続参加予定だ。

「首都圏出身の子は大人びているけど、自分の子も含めて地方出身の学生はどこか幼い印象があって。心配なんです」
と女性は話す。

過保護ではなく自立への後押し

例えば、1年時の相談はこんな内容だった。理工系学部の長男は、教職課程を取っているため、講義のスケジュールがタイト。文系キャンパスとは距離があり、授業の開始に間に合わないこともしばしばだ。女性に「暇だからメールした」などとSOSと思われるメールが頻繁に届いていた。

「息子が進級できるのか、さっぱりわからない。息子も困っている様子。でも、何もアドバイスできず、私もつらかった」

と女性は振り返る。担当職員にそのことを切々と訴えると、

「そんなに心配しないでください。もしここで単位を落としても、まだ1年の前期なので、取り返しはつきます。授業の遅刻も先生に事情を説明すれば問題ないと思いますよ」

と説明された。後日、女性がこの内容を長男に伝えると、安心した様子。明るい声で「お母さん、ありがとう」と言われた。今年は、就職活動と大学の勉強の両立について情報を得たいと思っている。

「1年時と比べれば息子はずいぶんと成長。自立を見守る私たちの心配や不安を取り除くために、今年も個別面談に参加します」(女性)

早大によると、こうした手厚いケアは「過保護」ではない。現代の学生の特徴や家庭環境の変化に合わせた「自主性を引き出す後押し」なのだという。

「放任すれば全員が強くなれるわけではない。今の若い子は最初の一歩は躊躇するが、賢いのでちょっとやり方を教えればできるようになる。その一歩を踏み出すのを手伝っているだけです」(大学広報)

写真:アフロ

地元志向の流れに危機感、地方国立大との争いも

「18歳人口は、特に地方が減っている。首都圏の大学だけでなく、地元の国公立大などとも法職志望者を取り合うことになるのです」

とみているのは中央大学法学部だ。もともと他の大学に比べて地方出身の学生が多く、それだけに地元志向の流れには危機感を感じている。法学部のキャンパスを東京23区へ移す計画を発表しているが、これは、現キャンパスのある東京都八王子市より都心のほうが受験生の選択肢になりやすいという判断だった。

もともと入試難易度が高く優秀な学生が集まるが、大学間の競争が激化する中で、近年、優秀な学生たちをさらに伸ばす手厚い環境を整えてきた。学部のカリキュラムでは卒業生の弁護士や検察官による少人数制の授業を実施。加えて、独自の課外講座「法職講座」も充実している。法職講座の受講料は多くが2万円以下と予備校に比べれば格安だ。

「中大は人のために労を惜しまない学風。講師の確保では苦労していません」

と中島康予法学部長は話す。さらに、キャンパス内には図書館とは別に、「炎の塔」と呼ばれる自習施設があり、365日、朝8時から夜11時まで開いている。

予備校に通わず司法試験に現役合格

4年に在籍中の15年に司法試験に合格した安部雅俊さん(22)は、予備校には通わず、現役合格を成し遂げた。いま、こう話す。

「先輩たちから、予備校に匹敵するかそれ以上の指導が受けられる。同世代で切磋琢磨できる環境も魅力」

安部さんは山形県の出身。一人暮らしをしていることもあり、ダブルスクールせずに済んだことも大きかったという。

「大学1年の時に、予備試験を通った先輩の話を聞いて影響を受けた。それがなかったら弁護士を目指していなかったでしょう。法科大学院進学は家庭の事情で厳しかったので」

現在、司法試験を受験するルートは二つ。法科大学院を修了するルートと予備試験に合格するルートだ。中大に限らず最近は、時間もお金も節約できる予備試験ルートに挑戦する学生が増えてきている。

もちろん、最終的に法曹界に入れるのは、一握りの学生だ。ただ、チャレンジを支える環境があるかどうかは、受験生や親にとって大学選びの重要な要素になる。

経済格差、教育格差に奨学金でてこ入れ

しかし、地方在住者にとって、首都圏への進学でネックとなるのが「お金」だ。そこで、各大学は、家計が苦しい学生の経済的な負担軽減策のてこ入れも始めている。早大の「めざせ!都の西北奨学金」や慶應義塾大学の「学問のすゝめ奨学金」などは、対象を1都3県以外の高校出身者に限定している。採用候補人数も金額も大きく、出願前に申請できて、返済不要の給付型という点も魅力だ。

住んでいる場所や親の収入によって教育格差が生じているのは確かだ。ただ、大学側も首都圏の高校を出た似たような家庭環境の学生だけでなく、地方から多様な人材を確保したいと意識しており、さまざまな支援を打ち出している。情報を吟味すれば、地方に住んでいても選択肢は広がるはずだ。


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