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最低賃金1500円は愚策中の愚策。韓国の二の舞になるのは必至!

山田順作家、ジャーナリスト
山本太郎議員の訴えは痛いほどわかる。しかし----。(写真:Rodrigo Reyes Marin/アフロ)

■れいわ新選組ばかりか与野党みな同じ政策

  山本太郎氏が立ち上げた「れいわ新選組」の公約の評判がいい。なかでも「最低賃金1500円」は、共産党も公約としている。今後、7月の参議員選挙をひかえて、立憲民主党なども同じような政策を出してくるだろう。なにしろ、最低賃金の引き上げは、与党の自民党でさえ推進している政策だ。自民党では毎年3%程度引き上げを掲げ、公約である「時給1000円」の実現を目指している。

 しかし、これは雇用を破壊し、日本経済をどん底に突き落とす愚策である。なぜ、そうなのか。本稿ではそれを説明してみたい。

 まず、以下が「れいわ新選組」が公表している政策である。

(1) 消費税廃止

(2) 最低賃金1500円

(3) 奨学金徳政令

(4) 公務員増

(5) 一次産業戸別所得保障

(6) トンデモ法一括見直し

(7) 辺野古基地建設中止

(8) 原発即時廃止―

 いずれも、日本が抱えている問題に鋭く切り込んでいる。「消費税廃止」などは高く評価できる。しかし、「最低賃金1500円」「公務員増」「一次産業戸別所得保障」などは政府の肥大化を招くのが必至だから、国民の自由を奪ううえ、経済衰退を招くのは間違いない。

 とくに「最低賃金1500円」は愚策中の愚策である。

■アメリカと日本では経済の事情が違う

 アメリカでは近年、最低賃金の引き上げが続いている。 ニューヨーク州では、昨年12月31日をもって最低賃金が時給15ドル(1ドル110円として1650円)に引き上げられた。これは従業員11名以上の企業の場合で、10名以下の場合は今年の12月31日から適用される。

 こうしたことを踏まえて、日本でも最低賃金の引き上げを提唱するのは、心情的には理解できる。しかし、日本とアメリカとは事情がまったく違う。アメリカはまがりなりにも経済成長をしている。しかし、日本はいくらアベノミクスがうまくいっていると政府が言い続けても、実際はマイナス成長かイーブンである。

 そんななかで、最低賃金を引き上げたら、どうなるかは、火を見るよりも明らかだ。

 現在、日本の最低賃金は、厚生労働省の「中央最低賃金審議会」によってガイドラインが決められている。それによると、昨年の10月1日から、東京都では985円、大阪では936円、愛知では898円、福岡では814円、北海道では835円となった。

 となると、1500円というのは、いきなり倍近くに上げるということになる。政治家というのは常に国民のことを考えているという姿勢をとる。だから、最低賃金を引き上げることは、イコール最大限国民のことを考えているように思える。しかし、これはまったくの偽善だ。

 とくにいまの日本でそんなことをすれば、その結果として、大量の失業者、犯罪者、自殺者を生み出すだろう。

■大幅な引き上げで経済崩壊した韓国

 最低賃金を政治の力で引き上げて、大失敗した例が、お隣の韓国である。

 リベラルの先端をいく文在寅(ムン・ジェイン)大統領は、経済低迷から脱却するため、「所得主導成長」政策を提唱した。最低賃金の引き上げは、文大統領の政策の目玉で、2017年の就任以来、韓国の最低賃金は毎年10%以上と劇的に引き上げられた。文大統領は、大統領選挙の公約で「2020年まで時給1万ウォン達成」を掲げた。

 1万ウォンは、本稿執筆時のレートでは日本円で987円だから、達成されれば日本を上回る(ちなみに、2017年の韓国の最低賃金は6470ウォンで全国一律)。

 ではその結果、なにが起こったか?

 韓国の就業者の2割を占めるのが自営業者だが、彼らの生活が立ちいかなくなった。とくに家族経営や1人経営の店などでは、従業員を従来のように雇えなくなり、解雇が続出。人件費の高騰をメニューなどの値上げでカバーしようとした飲食店では、客足が減って倒産するところまで出た。

 また、ソウル市内のコンビの経営は悪化の一途をたどった。24時間営業を3交代のアルバイトでこなしてきたある店は、収益悪化で赤字になり、営業を続けられなくなった。

 昨年12月、ソウルで開かれた中小企業中央会の小商工人連合会の記者懇談会で、チェ・スンジェ会長は「最低賃金引き上げが小商工人に及ぼした実態調査を行った」とし、その結果について「恐ろしくて発表できない」と話したと、『朝鮮日報』は報道している。

 また、2月19日の『中央日報』(日本語版)に掲載されたコラム記事では、「普段20万件以上生じていた韓国国内の雇用」が、昨年7月以降、1万件前後に極端に落ち込んだと報道されている。

 雇用ばかりではない。人件費の高騰は輸出品の高騰を招き、韓国の輸出は大きく落ち込んだ。もはや、韓国経済は瀕死の状態に陥っているのだ。つまり、最低賃金の引き上げは大失敗だったのである。

 それなのになぜ、いまさら日本が、韓国と同じようなことをしなければならないのだろうか?

■なぜ引き上げると失業者が増えるのか?

 最低賃金の引き上げがどのように経済に影響を与えるかは、どんな経済学本にも書かれている。私などが改めて書くほどのことではないが、ポイントは次のようなことだ。

 経済には、「需要と供給の法則」という基本原則がある。ある商品やサービスの価格は、需要と供給が一致した点で決まるというのがこの原則で、この一致する点を「均衡点」と呼んでいる。

 均衡点は、賃金にも当てはまる。

 働いて得る対価の賃金は、モノの価格に当たる。したがって、賃金が均衡点より高くなると、供給(求職)が需要(求人)を上回る。つまり、働いて稼ぎたいという人間が増える。すると、企業側は雇うのを控えるようになる。つまり、失業が増えるのだ。

 これまで時給800円が均衡点だったとする。それが、政治の力で無理やり1500円になれば、雇う側は何人かを解雇せざるをえなくなる。そうしないと利益が出なくなるからだ。こうして、失業者がいままで以上に生み出される。 

 多くの場合、失業に追いやられるのは、低賃金だからこそ仕事にありつける、特別な職業スキルを持たない人々である。つまり、最低賃金の引き上げは、もっとも助けなければならない人々を苦しめる。

■経済情勢に合わせた「適正なレベル」がある

 ただし、最低賃金の引き上げが悪影響ばかりかというと、そうではない。1500円は無謀としても、ある程度の引き上げは経済が成長しているならやったほうがいい。

 つまり、引き上げには「適正なレベル」がある。韓国の場合は、それを無視して大幅に引き上げたために、大失敗してしまったのだ。

 

 4月12日、『ウォール・ストリート・ジャーナル』(WSJ)は、最低賃金の引き上げで雇用に悪影響が出るという記事を掲載した。この記事によると、連邦最低賃金の引き上げは比較的小幅であっても雇用に悪影響を及ぼすと、多くのエコノミストが警鐘しているという。

 WSIが調査したエコノミストのうち全体の約3分の1は、現行7.25ドルの連邦最低時給を7.25ドル超〜10ドル未満の範囲に引き上げれば、雇用喪失につながると回答してきたという。雇用喪失を招く最低時給水準としては、26%前後が10.01〜13.00ドル、12%が13.01〜15.00ドル、28%が15ドル超との見方を示したという。

 

 つまり、最低賃金は、現在の経済情勢に合わせて、その引き上げ幅を考えなければならない。そうしなければ、かえって経済を悪化させるのだ。となると、マイナスかせいぜいイーブンの日本ができるわけがない。

■次に不況がきたとき最低賃金が足枷になる

 最低賃金と犯罪率を調査した研究が、アメリカにある。

 アメリカのウエブメディア『fee.org』の記事「Minimum Wage Hikes Increase Crime」(最低賃金の引き上げが犯罪を増加させる)によると、1998〜2016年に実施された10%の最低賃金引き上げの結果、新たに8万件近い窃盗犯罪が16〜24歳の若者によって行われたという。したがって、もし最低賃金を時給15ドルまで引き上げれば、さらに41万件の窃盗犯罪を生み出すことになるだろうと、この記事は警告している。

 日本は、世界の先進国でも有数の自殺者数が多い国である。一時、その数が増加して危惧されたが、最近は横ばいになった。しかし、最低賃金を上げれば、自殺者数も上がるのは必然と思われる。

 与野党とも、自覚していないのは、いまや日本は先進国のなかでももっとも貧しい国だということだ。日本の1人あたりのGDPは世界中では27位と、他の先進国と比べても圧倒的に低い。最低賃金は、こうしたことに連動しているのである。

 ここで、いまはなんとかなっているとしても、いずれ不況がやってくると考えてみよう。そのとき、なにが起こるだろうか?

 不況になれば、企業経営はただでさえ悪化する。すると、企業はそれまでの賃金水準、雇用を維持できなくなる。それなのに、そこには法律で決められた最低賃金があり、それを破る罰則が科せられる。こうなると、倒産する企業も出てくるのは必然だ。

 実際、リーマンショックによる2008〜09年の景気後退局面では、アメリカの倒産件数は増大した。最低賃金が足枷になってしまったのである。

■企業活動を活発化させる以外豊かにはなれない

 貧しい人々が、より高い賃金を望むのは当然である。貧困層ほど、一生懸命に働いて貧困から脱出しようと努力する。その努力に報いるための最低賃金の保証は必要である。

 しかし、それを政府が市場原理を無視して行うと、かえって、その人々を苦しめる。なぜなら、政府は自ら富をつくり出しているわけではなく、他人のおカネで貧しい人々を救済しようとしているだけだからだ。

 リベラルや社会主義者が致命的に陥る欠陥がここにある。この世界では、富をつくり出せるのは、民間経済、企業だけである。政府は単に、右のおカネを左に動かす機能しか持っていない。

 資本主義では、企業家が労働者を使って、消費者が望む商品やサービスを競い合ってつくり出す。この競争によって、社会は豊かになる。そうなれば、自ずと賃金も上がるようになっている。ところが、最低賃金を国家が決めてしまうと、こうした競争は阻害されてしまう。

 つまり、貧しい労働者を豊かにするためには、国家が市場に介入して最低賃金を引き上げてはいけないのだ。

 

 ところが、リベラルを提唱する人々、左派と呼ばれる人々は、自分たちはなにもしないのに、他人のおカネ(国民の税金)を使って、貧しい人々を助けようとする。この偽善に騙されてはいけない。人々と社会がより豊かになるには、企業がより自由に活動できる規制緩和や減税が必要であって、最低賃金の引き上げなどという単純かつ完全に間違っている方法では実現しないことを、この際、再認識すべきだ。

作家、ジャーナリスト

1952年横浜生まれ。1976年光文社入社。2002年『光文社 ペーパーバックス』を創刊し編集長。2010年からフリーランス。作家、ジャーナリストとして、主に国際政治・経済で、取材・執筆活動をしながら、出版プロデュースも手掛ける。主な著書は『出版大崩壊』『資産フライト』(ともに文春新書)『中国の夢は100年たっても実現しない』(PHP)『日本が2度勝っていた大東亜・太平洋戦争』(ヒカルランド)『日本人はなぜ世界での存在感を失っているのか』(ソフトバンク新書)『地方創生の罠』(青春新書)『永久属国論』(さくら舎)『コロナ敗戦後の世界』(MdN新書)。最新刊は『地球温暖化敗戦』(ベストブック )。

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