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ノーベル平和賞・ムクウェゲ医師のドキュメンタリー映画が発するメッセージとは?

若林朋子北陸発のライター/元新聞記者
ノーベル平和賞の授賞式で講演するデニ・ムクウェゲ医師(写真:ロイター/アフロ)

 ノーベル平和賞の授賞式でコンゴ民主共和国(以下、コンゴと表記)の産婦人科医、デニ・ムクウェゲ医師(63)は、今も続く性暴力被害に対する国際社会の取り組みを求め、「暴力は、もうたくさんだ。今こそ、平和を」と講演を締めくくった。このメッセージを特別な思いで聞いた女性がいる。東京大学大学院総合文化研究科博士課程の大平和希子さん(35)だ。同医師が2016年10月に来日した際、4日間にわたってアテンド役を務め、被害者救済に奮闘する姿に胸打たれた。その後、同医師の活動を描いたドキュメンタリー映画『女を修理する男』の日本語訳が付いたDVDを制作、北陸で上映会を企画・実施している。この映画に込められたメッセージとは?

2016年10月、来日したムクウェゲ医師と記念撮影する大平さん(大平さん提供)
2016年10月、来日したムクウェゲ医師と記念撮影する大平さん(大平さん提供)

 ――大平さんがムクウェゲ医師の活動を知ったきっかけは、どういう経緯だったのでしょうか。

 日本では立教大学特定課題研究員の米川正子先生が、早くからムクウェゲさんの活動に注目しておられました。2016年6月に映画『女を修理する男』の日本初の上映会が都内で行われたのですけれど、その告知のチラシを自身が在学する東京大学で見ました。まず、題名が衝撃的だった。「『修理する』ってどういうこと?」って。そして映画を観て、より大きな衝撃を受けたのです。

 私はカナダの大学を卒業した後、青年海外協力隊員として1年間ウガンダに滞在し、中学・高校生の年代の青少年に音楽やパソコンなどを教えた経験があります。任期を終了した後はルワンダに足を運び、虐殺に関する史料にも接してもいた。紛争や貧困、エイズ(HIV)、子ども兵など、アフリカが抱える問題について「知ったような気になっていた」のだと思います。性暴力被害があることも知っていました。しかし、映画は理解を超えたものでした。

映画ではコンゴの美しい自然も

 ――映画の内容とムクウェゲ医師の置かれた状況についてお話しください。

 コンゴは「女性と子どもにとって最悪の地」と言われます。コンゴ東部では20年以上紛争が続き、豊かな鉱物資源を巡って争いが繰り広げられている。武装勢力は性器を銃で撃つなど、残虐な行為で女性を痛めつけている。ムクウェゲさんは、ブカブにあるパンジ病院で被害者の治療と精神的ケアに当たり、4万人以上を救ってきました。映画ではこれらの厳しい現実とともに、コンゴの美しい自然が描かれています。

 映画を観て、コンゴの女性たちが平和を求めて立ち上がる姿に感動しました。そこで「上映会を東大でもやりたい」と提案し、2016年9月に実現したのです。

 ――米川先生の尽力により、ムクウェゲ医師は2016年10月に来日されました。そのとき、大平さんはアテンド役を務めたそうですね。間近で接した印象はどうでしたか。

 来日中、ムクウェゲさんは日本のマスコミ19社の取材を受けました。当時、すでにノーベル平和賞の候補に名前が挙がっていたのでインタビュアーは、受賞を視野に入れたコメントを聞いておきたいわけです。しかし、ご本人は「自分は賞や名誉のためにこういう活動をやっているわけではない」とおっしゃいました。賞について言及することを避けておられました。

 受賞が決まった際には、ムクウェゲさんが支援した女性の喜ぶ姿が報じられましたね。その姿をムクウェゲさんが目を細めて見る様子も。活動の目的は、被害者女性の救済と、これ以上の性暴力を食い止めて根本的な原因を解決することです。初来日の時には「コンゴの女性が勝利と平和を手にするまで活動を続ける」と何度も強調しておられました。

日本で発信し続ける必要

 ――映画『女を修理する男』のDVD制作は、どのような経緯で進められたのでしょうか。

 来日は大きな反応がありました。私たちは関心を一過性に終わらせず、紛争地における性暴力被害やムクウェゲさんの活動を日本で発信し続ける必要があると感じたのです。そこで日本語訳を付けたDVDを制作するため、インターネットで資金を募るクラウドファンディングで協力を呼び掛けました。おかげさまでDVDは2018年3月に完成し、映画配給会社を通じて販売しています。

 ――映画では目を覆いたくなるようなシーンや、厳しい現実が描かれています。一方で、ムクウェゲ医師が、温かくも強い言葉で被害者女性を励ますシーンが印象的でした。

 そうなのです。とてつもない逆境から立ち上がる女性の姿に胸を打たれます。生きる勇気が湧いてきますよね。男性や、アフリカについての知識に乏しい人が観ても、「何があっても負けない」という普遍的なメッセージを感じ取ることができます。

 ムクウェゲさんの伝記映画『Panzi』が制作されることも決まったそうです。『グラディエーター』や『ブラッド・ダイヤモンド』に出演したジャイモン・フンスーさんの主演だとか。こちらも完成が楽しみです。

大平さんは富山県内で『女を修理する男』の上映会を開催、ムクウェゲ医師やコンゴについて紹介する(筆者撮影)
大平さんは富山県内で『女を修理する男』の上映会を開催、ムクウェゲ医師やコンゴについて紹介する(筆者撮影)

 ――国際関係学の視点でこの映画を観ると、どのようなことが考えられますか。

 コンゴの女性が過酷な経験を強いられる責任の一端を、日本を含めた先進国が担ってしまっていることに気づかねばならないということです。なぜなら、ムクウェゲさんがノーベル平和賞の授賞式で話したように、コルタン、コバルト、金などの天然資源を奪い合うことで紛争が起こり、武装勢力は資源が産出する現地の女性に対して組織的な暴力を働いているからです。

 IT機器や宝飾品の材料を必要としているのは先進国であり、その利益がコンゴの人々にもたらされていないので、貧困の原因にもなっている。この悪循環を断ち切るには、国際社会からの働きかけが重要です。

 ――ノーベル賞受賞はムクウェゲ医師にとって、どんな意義があると考えますか。

 ムクウェゲさんは「手術室の中だけでは女性を救えない」という思いからあえて国外に出て、紛争地の性暴力の悲惨さを訴えてきました。このために自宅が襲撃されるなど、暗殺の危機にさらされたこともあります。しかし、今回の受賞により政権も手を出せなくなったはずです。身の安全が確保されることでしょう。また活動に対して国際的な認知度が高まったことにより、支援や協力者も集まる。より多くの女性が救われることにつながると思います。

 ――ムクウェゲ医師に出会う前から、大平さんは一貫して国際貢献における日本の役割などについて考えてこられたそうですね。

 高岡第一高校時代、時事問題を英語で読む授業で、パキスタンの児童労働の問題を知りました。幼い子どもが低賃金でサッカーボールを縫っていた。私たちは何も知らないでそれを使っていたかもしれないことに、驚きました。そこで世界の構造を学びたいと留学することを決め、2002年にカナダの大学へ進んだのです。

テロや紛争が起こる要因は……

 その前年、2001年9月11日に米国で同時多発テロ事件が起こりました。アフガニスタン紛争、イラク戦争と事態が進むなかで、「テロリストがビルに突っ込むまでに、一体何があったのだろう」と考えました。

 私の留学を心配する声もありましたが、国際関係学を学びたいという意志は「9.11」でより強くなった気がします。国際都市であるバンクーバーで学び、「テロや紛争が起こる要因は、いつも複雑に絡み合っている。歴史に学ぶ必要がある」と実感しながら学生生活を送りました。

 ――海外での学びを糧とし、卒業後の進路をどのように定めていったのですか。

 児童労働を知ったことが今に至る第一歩とすれば、大学時代に「子ども兵」の問題を知ったことはアフリカとの接点となりました。「子どもは平和の象徴であるはずなのに、武器を取って戦わされているなんて、ありえない」と思いました。そして青年海外協力隊としてウガンダに派遣され、帰国後は子どもの問題やアフリカに限らず、国際社会で困る人を生み出さないための人材育成・教育をすることに自身の役割を見いだしました。

 なぜなら、いわゆる途上国の人たちが直面するさまざまな問題は、この世界の不均衡な構造に根源があり、先進国で暮らす私たち1人1人が変わらなければ、根本的な問題の解決にはならないと感じたからです。今まさに困っている人を助ける活動だけでなく、今後ずっと困る人を生み出さないために、先進国である日本で人を育てたいと思ったのです。

 そのため「開発教育」に携わりました。開発教育とは、開発をめぐるさまざまな問題を理解し、望ましい開発のあり方を考え、共に生きることのできる公正な地球社会づくりに参加する人材を育てる活動です。

学んだのは寄り添う姿勢

 ――最後に、ノーベル平和賞受賞式でムクウェゲ医師の講演をどのような思いで受け止めたのでしょう。

 コンゴなど海外で起こっている紛争を「遠い国のこと」と思っていては、理解は深まりません。ムクウェゲさんから学んだのは、寄り添う姿勢です。映画『女を修理する男』と、「暴力は、もうたくさんだ。今こそ、平和を」というメッセージが、紛争地での性暴力を「わがこと」として考えるきっかけになればと願っています。

   ◇      ◇

 12月16日に富山県高岡市内で開催された上映会は満席となり、会場ではコンゴ産のコーヒーを味わいながら積極的な意見交換が行われた。大平さんは2019年2月9日にも富山大五福キャンパスで上映会を開催する方針で準備を進めている。今後もムクウェゲ医師の功績やアフリカの現状を広く発信していってほしい。

紛争などのひずみは、真っ先に母子への被害を生む。大平さんも1児の母として研究者として事実を重く受け止める(筆者撮影)
紛争などのひずみは、真っ先に母子への被害を生む。大平さんも1児の母として研究者として事実を重く受け止める(筆者撮影)

 大平 和希子(おおひら・わきこ) 1983年5月生まれ、富山県高岡市出身。富山市在住。地元の高校を卒業後、カナダのブリティッシュコロンビア大へ入学し、国際関係学を学ぶ。卒業後は2009年1月から12月まで青年海外協力隊員としてウガンダに赴任した。帰国後、「開発教育」に携わり、桜美林大で教養課程の指導に当たる。東京外大大学院修士課程を経て現在は東京大大学院総合文化研究科博士課程に在籍。アフリカを中心とした国際関係学を専攻する。

※「コンゴの性暴力と紛争を考える会」ホームページ

http://congomm2016.wixsite.com/asvcc

※映画『女を修理する男』予告編

https://www.youtube.com/watch?v=HNkuhVkbZ1A

※参考文献

・2018年12月11日付朝日新聞「『暴力にノー、平和にイエス』 ノーベル平和賞講演全文」

https://digital.asahi.com/articles/ASLDB53CQLDBUHBI022.html

北陸発のライター/元新聞記者

1971年富山市生まれ、同市在住。元北國・富山新聞記者。1993年から2000年までスポーツ、2001年以降は教育・研究・医療などを担当した。2012年に退社しフリーランスとなる。雑誌・書籍・Webメディアで執筆。ニュースサイトは医療者向けの「m3.com」、動物愛護の「sippo」、「東洋経済オンライン」、「AERA dot.」など。広報誌「里親だより」(全国里親会発行)の編集にも携わる。富山を拠点に各地へ出かけ、気になるテーマ・人物を取材している。近年、興味を持って取り組んでいるテーマは児童福祉、性教育、医療・介護、動物愛護など。魅力的な人・場所・出来事との出会いを記事にしていきたい。

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