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訪日外国人にもトラブルになっている居酒屋のお通しは本当に悪なのか?

東龍グルメジャーナリスト
(写真:アフロ)

お通しでトラブル

飲食店、特に居酒屋へ訪れた時に、最初に注文していない小鉢が提供され、お通し代として会計に加金された経験がある人は多いでしょう。

少し前、お通しに関する興味深い記事がありました。

 たかがお通し代、されどお通し代である。チェーン系居酒屋などで出てくるお通し。その多くが有料で300~500円が相場。頼んでないのに出てくるし、前日の「残り物」感いっぱいの品も珍しくはない。訪日外国人旅行客が増えている昨今、海外のチップとは異なる日本の商習慣である「お通し代」を巡り、店と外国人とのトラブルも発生しているという。

出典:"お通し代"の支払いを拒んだらどうなるか

<訪日客、20年に4000万人「視野に」>で述べられているように、2020年に訪日外国人4000万人という政府目標が現実的となっています。

訪日外国人が増えている状況の中で、居酒屋と訪日外国人との間でお通しに関するトラブルが発生しているようです。

弁護士の見解では次の通りとなっていますが、居酒屋に訪れたことのある日本人にとっては納得の内容となっているのではないでしょうか。

  • 店前の看板・メニューなどに見やすく記載されていれば、代金は支払わなければなりません。
  • 事前の説明・告知がなければ契約成立の条件が整っていないので、お通しが出てきても提供を拒否できます

お通しについては、飲食店や食文化からの観点も重要です。具体的に、以下の点について説明しておきたいと思います。

  • 客を待たせない
  • テーブルチャージ
  • 居酒屋文化

客を待たせない

お通しには、入店したばかりの客を待たせないための配慮もあります。入店してから、オーダーを取りに行き、そこから作って提供したのでは、当然のことながら時間がかかってしまいます。混雑状況にもよりますが、簡単なサラダなどであったとしても、オーダーをとってから運ばれてくるまで5分くらいは要するでしょう。

日本料理において、初めに出てくる少量の、酒の肴(さかな)に適するものをいう。本来は、なまぐさ物と山菜物と2種出す。お通しは関東の名称で、関西では突き出し、先付けともいう。前菜(ぜんさい)ということばも広く用いられている。前菜は元来中国料理の名称(チエンツァイ)で、昭和の初めから関西料理で用いられたが、いまは日本料理全般に用いられている。[多田鉄之助]

出典:コトバンク

しかし、お通しであれば、予め用意されているので、客が着席してからすぐに提供することが可能です。加えて、もともとがお酒と一緒に楽しめる酒肴といった位置付けなので、最初に注文するアルコールともよく合います。機能的な面では、お通しは非常に有用なのです。また、品切れしない限りは同じものを全ての客に提供するので、食品ロスも削減できます。

お通しとは少し違いますが、他にも似たような考え方があります。

飲食店のランチでは、短時間に客が集中し、混雑することが多いので、どのメニュー(コース)も同じような構成にしておくことが多いです。例えば、セット全てにサラダやスープを付けておきます。どの客にも同じものを提供するので、予め作っておいて、客が入店して注文した後ですぐにテーブルへと運ぶのです。

お通しと異なるのは別料金がかからないことですが、そもそもサラダやスープの値段を含んだ値段設定となっていますし、拒否しにくいという点ではお通しと同じといえば同じでしょう。

カジュアルな飲食店のランチだけではなく、ミシュランガイドで星を獲得するようなファインダイニングであっても、実は同様です。コースで最初に提供するものはフィンガーフードやアミューズ ブーシュとなりますが、これはシャンパーニュとの相性がよく、事前にほぼ完成品を作っておけるものとなっています。

お通しは理不尽に思えますが、おまかせを一品提供することによって、居酒屋にとっても客にとても効率性を高められるので、そこまでおかしいと感じないのではないでしょうか。

テーブルチャージ

飲食店のコストは、提供される料理にだけかかっているわけではありません。

料理を作る料理人やサービスを遂行するスタッフの人件費はもちろん、飲食店が入居するための賃貸料、内装を作り上げて維持するための費用、テーブルウェアの購入費や買い替え費用、空調や明かりやガスといった光熱費など、皿の上以外にもお金がたくさんかけられているのです。

<マツコ・デラックス氏がカフェで注文しない客を「もう終わりだこの国」と批判したことは正しいか?>などでも述べましたが、飲食店の空間や雰囲気にはしっかりとコストがかかっています。テーブルに座るだけでもお金がかかることは非常に重要なことなのです。

イタリアの飲食店ではコペルトというテーブルチャージ(席料)が料金に計上されます。日本では、イタリア料理店だけではなく、居酒屋を含めた他の業態でも、コペルトや席料といった名目で、テーブルを専有するための料金を課していることは珍しくありません。また夜のバーに行けばテーブルチャージが課され、生演奏があればカバーチャージ(ミュージックチャージ)として料金が取られるのです。

通常、町場の飲食店ではお通しは300円から600円、テーブルチャージは500円前後となります。夜間の時間帯におけるホテルのバーやラウンジでは1500円から2000円のテーブルチャージや2500円から3000円のカバーチャージが課されます。

町場の飲食店では、テーブルチャージが付加されるからといって、内装や雰囲気にこだわったファインダイニングであるとは限りません。それを鑑みれば、テーブルチャージよりも食べ物が付くお通しの方が良心的であると考えることもできるでしょう。

また、お通しは注文していないものが提供されるので、これはどういうことなのかと、普通は気付くことができます。しかし、テーブルチャージは料金が計上されたことが最後まで分からないこともあるでしょう。

こういった観点からすると、お通しはそれほど悪いものではないと考えることができます。

居酒屋文化

お通しの発祥に確たる説はありませんが、江戸時代に客からのリクエストに応じて、おまかせの酒肴を提供していたことが起源であるといわれています。そう考えると、お通しは数百年続いたおまかせの酒肴であり、日本の食文化であるといってもよいでしょう。

町場のファインダイニングでは、食材の効率性を高めたり、料理人の才能をいかんなく発揮させたりするために、白紙メニュー(おまかせコース)となっていることが少なくありません。このおまかせコースを食べてみることが、その飲食店の実力を測る最適な方法です。

これと同じように、自由に内容を決めて提供するお通しは、居酒屋の実力を測るちょうどよい一品でもあるでしょう。たった数百円のお通しに対してどこまで真摯に取り組んでいるか、全ての客に対してクオリティを維持しているかは、非常に重要なところです。

従って、本当に素晴らしい居酒屋であれば、最初に客に食べてもらう大切な一品として、恥ずかしくないお通しを用意しているはずでしょう。

日本のパティスリーでは、日本独自のショートケーキやシュークリームは売られていることが多いので、これらを食べ比べればパティスリーのよしあしを比較ができます。しかし、居酒屋では、割烹のようなところから中華風居酒屋、創作居酒屋と幅が広いので、共通のメニューを見出して比べることは難しいです。

そういった場合には、ジャンルを超え、最初に提供されるこのお通しを比べることで、居酒屋を比較することができます。

居酒屋のお通しを日本の食文化のひとつとして捉え、どのような一品が提供されるのか楽しんでみるのもよいのではないでしょうか。

旅の思い出

訪日外国人がどんどん増えていき、居酒屋へ訪れる外国人客も非常に多くなってきました。新橋のガード下や新宿ゴールデン街の酒場なども活気を帯びています。

こういったところへ訪れる訪日外国人はきっと、日本の食文化を理解したい、体験したと思っているはずです。そうであるからこそ、ミシュランガイドで星を獲得したり、ホテル内で営業したりしているファインダイニングを選ばないのでしょう。

従って、居酒屋へ足を運ぶ訪日外国人に対して、お通しが日本の食文化であることをしっかりと説明した上で料金をとることが重要です。しっかりと理解さえしてもらえれば、未知の地域における貴重な体験として、お通しを旅の思い出として持ち帰ってもらえるのではないでしょうか。

そのためにはまず、日本人がお通しについて真剣に向き合い、理解を深めていく必要があると考えています。

グルメジャーナリスト

1976年台湾生まれ。テレビ東京「TVチャンピオン」で2002年と2007年に優勝。ファインダイニングやホテルグルメを中心に、料理とスイーツ、お酒をこよなく愛する。炎上事件から美食やトレンド、食のあり方から飲食店の課題まで、独自の切り口で分かりやすい記事を執筆。審査員や講演、プロデュースやコンサルタントも多数。

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