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感染症法改正の懲役刑について全国知事会が求めているとの菅首相の国会答弁は事実ではない。

立岩陽一郎InFact編集長
国会での菅総理(20年臨時国会にて)(写真:つのだよしお/アフロ)

菅首相は25日、国会で、感染症法に懲役刑を導入する政府方針について全国知事会の緊急提言を踏まえた方針だと答弁したが、全国知事会からの緊急提言では懲役刑は含まれておらず、過去にも懲役刑を要望した事実は無かった。

感染症法改正案の罰則の内容

まず、政府が1月22日に国会に提出した感染症法の改正案の要点を確認してみる。罰則を盛り込んだものは以下の通りで、入院を拒否した感染者には懲役刑を科すと明記されている。

入院を拒否したり、入院先から逃げたりした感染者に対し、刑事罰の「1年以下の懲役または100万円以下の罰金」を科す。

保健所の調査に応じない場合は、50万円以下の罰金を科す。 

菅首相の国会答弁

菅首相の答弁は1月25日の衆議院・予算委員会で立憲民主党の小川淳也氏の質問に答えた時のものだ。先ず、小川議員は次の様に問うている。

数千人の方、都内だけで6000人の方が入院を待っている。全国で3万人、4万人と言われている。この状況の中で、入院を拒否したら懲役刑というのは、私は気が知れないんですよ。どういう神経でこれを議論しているのか。(中略)端的に、この懲役刑については撤回の上、修正に応じるよう求めます」。

これについて当初、菅首相は答弁に応じず、田村厚生労働大臣が次の様に答弁している。

立法事例としてですね、今も病院から逃げ出される方がおられるということも有る中においてですね、それに対しては知事会からの要請等々が有った」。

小川議員は納得せず、「これは与野党で大きな議論ですよ。一言頂けますか?」と菅首相に再度見解を求めた。

それについて菅首相は以下の様に答えた。

新型コロナの患者の中には医療機関から無断で抜け出してきたという事案も有ります。全国知事会からも、罰則の創設を求める緊急提言を頂いています。そうしたことを踏まえて、感染拡大の実効性を高めるために罰則を設ける。そういう風に考えています」。

全国知事会からの提言とは

では、知事会の緊急提言の中身はどうか。1月9日付で全国知事会から提出された「特措法・感染症法等の迅速な改正について」との緊急提言が有る。以下がその入院に関する内容だ。

「感染拡大を防止するためには、保健所による積極的疫学調査や健康観察、入 院勧告の遵守義務やこれらに対する罰則、民間検査で陽性となった本人によ る保健所への連絡の義務化、宿泊療養施設や自宅での療養の法的根拠及び実 効性の確保、クラスター等複数の陽性者が発生した場合の知事の判断による 施設の名称等の情報の公表等に関する感染症法の改正を行うこと 」。

確かに、「入院勧告の遵守義務やこれらに対する罰則」との要請は行っている。その意味で菅首相の答弁は間違ったことを言っているわけではない。しかし、この提言には懲役刑についての文言はない。この点について、全国知事会に確認した。調査第二部が取材に応じた。

Q感染症法改正案に懲役刑を導入する政府方針について菅首相は、全国知事会の緊急提言を踏まえた方針だと説明しているが、知事会で懲役刑を求めたというのは事実か?

A懲役とは言っていないのですが、罰則規定については提言させていただいているところです。

Q提言以外に、懲役刑に言及した提言は有るのか?

A有りません。見ていただいた提言の通りです。懲役刑とは言っていません。

Q知事会の中の誰かが、懲役刑に言及したことはあるのか?

A個々の知事がどうされているかは調べていませんが、全国知事会としては、ご覧いただいた1月9日の緊急提言が知事会として合意した内容ですので、これが全てになります。

菅首相の「全国知事会からも、罰則の創設を求める緊急提言を頂いている」はそれ自体は事実ではあるが、全国知事会の提言には懲役刑は入っていない。また、懲役刑の要望の無いことも全国知事会が答えている。小川議員の質問はあくまでも懲役刑に関するもので、菅首相の国会答弁では、あたかも全国知事会が懲役刑を求めたような誤った情報が拡散する恐れが有る。ファクトチェックのガイドラインを示しているFIJのレーティングに従えばミスリードとなる内容だ。

国会での虚偽の答弁が問題となる中、今後も菅首相の答弁を注視したい。

この記事の作成にはFIJの岩崎真夕さんが関わっています。

InFact編集長

InFact編集長。アメリカン大学(米ワシントンDC)フェロー。1991年一橋大学卒業。放送大学大学院修士課程修了。NHKでテヘラン特派員、社会部記者、国際放送局デスクに従事し、政府が随意契約を恣意的に使っている実態を暴き随意契約原則禁止のきっかけを作ったほか、大阪の印刷会社で化学物質を原因とした胆管癌被害が発生していることをスクープ。「パナマ文書」取材に中心的に関わった後にNHKを退職。著書に「コロナの時代を生きるためのファクトチェック」、「NHK記者がNHKを取材した」、「ファクトチェック・ニッポン」、「トランプ王国の素顔」など多数。日刊ゲンダイにコラムを連載中。

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