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平日練習わずか50分「フィジカルとデータで高校野球に革命を起こす」山奥の進学校4〜プロ誕生、新たな道

高木遊スポーツライター
バスケットの練習をする武田中学校野球同好会の選手たち。奥が山本盛世歩(筆者撮影)

まさかの結末

「ここまでなれるとは予想もしていませんでした。武田高校に来て本当に良かったと思います」

 広島・武田高校の右腕である谷岡楓太(たにおか・ふうた)は昨年10月のプロ野球ドラフト会議でオリックスから育成ドラフト2位指名を受けて、しみじみと語った。日浦中学時代は軟式野球のクラブチームである安シニアの2番手投手。コントロールも悪く、エースになれなかった。当然、県内ですらまったく無名の存在だった。

 そこから急成長した過程は昨年1月の(3)ドラフト候補誕生で紹介したが、2019年は激動の1年だった。

第1回記事 理不尽より数値

第2回記事 王道を疑え

 春に股関節を痛めて県大会に登板することはできず。それが回復した6月の練習試合では、2018年夏の甲子園出場校である近大付(大阪)を相手に、最速152km/hを投じ8回まで無安打の快投を演じ、視察に訪れていたNPB4球団のスカウト陣にも大きなアピールを果たした。

 しかし、夏の広島大会で異変は起きた。初戦となった2回戦・神辺高校戦は9回から登板し2死球こそ出したものの三者連続三振で試合を締めたが、3回戦は大乱調だった。

 沼田高校に4点リードした8回のピンチで登板。この回押し出し四球で1点を返されると、9回は制球がまったく定まらなくなった。逆転を許す押し出し死球など1回3分の1を投げて1安打8四死球4失点と大崩れ。6対7の逆転負けで短い夏を終えた。谷岡は悔し涙を止めることができなかった。

 岡嵜雄介(おかざき・ゆうすけ)監督は「シンプルに谷岡の技術不足でした」と潔く敗戦を受け止めた一方で、7月の1ヶ月だけで身長が1センチ伸びており、体のバランスが崩れてしまったこともあったと明かした。長時間の過度なトレーニングをせず栄養指導にも抜かりがないため「身長が伸びる選手も多い」という武田高校だが、それが昨夏の谷岡のことだけに関して言えばマイナスに出てしまったのかもしれない。

2015年秋から指揮を執り、様々な先進的な取り組みを行う岡嵜雄介監督
2015年秋から指揮を執り、様々な先進的な取り組みを行う岡嵜雄介監督

最後の夏から半年で急成長

 試合後はショックを隠しきれなかった谷岡だが岡嵜監督の「申し訳ないと思うならプロに行け」という叱咤激励もあり、数日後には再び目の色を変えて鍛錬する姿があったという。

 グラウンドでの練習に加え、入学以来師事してきた高島誠トレーナーのジム『Mac's Trainer Room』でパフォーマンスアップのためのトレーニングに一心不乱に打ち込んだ。

 すると夏の終わりから年末にかけてボックスジャンプは110cm→150cm、デッドリフトは180kg→250kg、50m走は 6.4→6.2秒と数値を上げたように、公式戦の無い数ヶ月の期間を有効に利用し確かな成長を遂げた。

 支配下指名はなかったが育成ドラフト2位でオリックスから指名を受け、NPBの世界に進むことを決めた。高校時代の練習時間は決して長くはなかったが「50分だからこそできる練習を武田でやってきたと思います。時間的に体に集中できるし、基礎をつけることができます」と、その効果を語る。

 そして武田高校としては初のNPB選手ということで「全国的にはまだ無名の学校なので、自分が活躍することで学校の名前が広がるようにしたいですし、OB・OGの方々が胸を張って武田出身と言えるように頑張りたいと思います」と意気込みを語る。

 育成選手からのスタートとなるが「中学時代も控えでしたし、今まで“上からスタート”というのは無いので、逆にそっちの方がいいかなと。やるべきことを1つずつやって、ここから上がっていこうと思います」と静かな口調ながら、その言葉には闘志が漲っていた。

「教えるのが上手くて、自分が良い方向に向かうにはどうしたらいいかを常に考えてくださいました」と感謝する高島誠トレーナー(写真右)と谷岡楓太(筆者撮影)
「教えるのが上手くて、自分が良い方向に向かうにはどうしたらいいかを常に考えてくださいました」と感謝する高島誠トレーナー(写真右)と谷岡楓太(筆者撮影)

台湾で新たな道へ

 谷岡以外の3年生も多くが高校卒業後も野球を続ける。そのほとんどが大学野球だが、異色の道に進む選手がいる。左翼手のレギュラーだった金本航河(かねもと・こうが)だ。今年9月から台湾の中国文化大に進学する意向を持っている。

 今では身長176cm83kgの体格で、右打席から高校通算32本塁打を放った強打者だが、中学時代は府中2000(硬式)の控え捕手。チームの先輩がいたことや文武両道の姿勢に加え、「やっぱり打撃が凄かったので決めました」と振り返る。金本もまた武田の練習時間の短さに最初は驚きながらも大きな成長を遂げた1人だ。「野球について考える時間はむしろ増えた」と話す。

 まずは体だ。入学当初はポッチャリ体型だったが「栄養面では、ご飯などの炭水化物をドカ食いするだけでなく、バランスや吸収も考えてタンパク質やビタミンを摂っています」と話す。また平日の50分の練習はトレーニング主体のため、筋力をつけた。

 打撃スタイルは「どんどんホームラン狙っていいよ」と指導陣から言われ、「中学時代は繋ぐ打撃をしていたので、楽しかったですね」と振り返る。そして、動画を撮って先輩や岡嵜監督に相談をしながらフォームを固めていき、飛距離を伸ばしていった。どの選手にも打席数を多く取らせる方針(第1回記事参照)もあり、実戦の中での経験も多く積んでいった。

「悪かった時には修正をして、良い時の感覚で繰り返していくことですね。データで“このコースが弱いよ”と教えてもらって克服する技術練習やトレーニングもしました」と、成長の要因を明確に話せることにも、その浸透度を強く感じさせられた。

 台湾の大学へ進学するきっかけは、父が台湾でも仕事をしていた関係や自らで考えて練習ができそうな環境面、台湾が優勝を果たした昨年のU-18W杯での高い身体能力やフィジカルを見て進学を決めたという。また野球以外でも語学習得や海外での生活で学ぶことは大きいだろう。

 今後の目標は「日本でプロ野球選手になることです。CPBL(台湾プロ野球)を経由してでもNPBに入りたいですね」と語り、内野手に挑戦する予定だ。

「武田高校を出た以上は打撃とフィジカルでは負けたくありません。練習時間が短い中でいかに結果を出すかとやってきました。昼休みや夜の補習後に毎日ミーティングをしたり、50分以外の部分でも野球に向き合ってきたので、他には無い強みを身に付けたと思っています」と自負を持って海を渡る。

「高校3年間で視野が広がりました」と話す金本航河(筆者撮影)
「高校3年間で視野が広がりました」と話す金本航河(筆者撮影)

中学に「野球同好会」を発足

 昨春からは武田中学校に「野球同好会(ZebrasJr)」を発足した。なぜ部ではないのかというと、公式戦に参加せず全国大会を目指さないからだ。それどころか野球の練習は50分を週3回のみ。他部との兼部も推奨するのが大きな特徴だ。

 そこには試合の結果に囚われず野球を楽しむことに加え、野球に本来必要な動きをパルクールや他競技を通じて、半ば遊びながらのような形で習得する狙いがある。昔に比べて外で遊ぶことが減った弊害による部分を解消させ、まずは選手としての器を大きく広くしようとしているのだ。

 その中で年明けに、ニュージーランドと日本のハーフである中学1年生の山本盛世歩(やまもと・じょせふ/175cm70kg /右投右打)が父の母国のU-15代表に選出され、グアムで行われたU-15W杯予選に出場。13歳ながら国際舞台で年上の打者たちに立ち向かった。ゴルフや水泳でも好記録を出しており、高い身体能力で今後の成長も大いに期待されている。

 将来の夢を尋ねると間髪入れず「メジャーリーガーです」と答えた。続けて「怪我をせずに、中学3年までに145km/h、18歳までに160km/hを投げたいです」と、曇りの無い瞳で真っ直ぐに答える姿は清々しかった。

「進化のために変わり続ける」武田高校。その中で育った選手たち、巣立った選手たちはどんな活躍を見せるのか。その楽しみは2020年も尽きることはない。

U-15ニュージーランド代表でプレーした山本盛世歩。野球同好会はどこの連盟にも属していないため、練習試合の際は軟式・硬式、ソフトボールでも対戦可能だ(筆者撮影)
U-15ニュージーランド代表でプレーした山本盛世歩。野球同好会はどこの連盟にも属していないため、練習試合の際は軟式・硬式、ソフトボールでも対戦可能だ(筆者撮影)

文・写真=高木遊

スポーツライター

1988年10月19日生まれ、東京都出身。幼い頃から様々なスポーツ観戦に勤しみ、東洋大学社会学部卒業後、ライター活動を開始。大学野球を中心に、中学野球、高校野球などのアマチュア野球を主に取材。スポーツナビ、BASEBALL GATE、webスポルティーバ、『野球太郎』『中学野球太郎』『ホームラン』、文春野球コラム、侍ジャパンオフィシャルサイトなどに寄稿している。書籍『ライバル 高校野球 切磋琢磨する名将の戦術と指導論』では茨城編(常総学院×霞ヶ浦×明秀日立…佐々木力×高橋祐二×金沢成奉)を担当。趣味は取材先近くの美味しいものを食べること(特にラーメン)。

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