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「アルバイト減少」「内定取り消しの可能性」留学生から悲鳴、日本経済支える外国人と30万人計画のひずみ

巣内尚子研究者、ジャーナリスト
(写真:ペイレスイメージズ/アフロイメージマート)

 新型コロナウイルスの流行拡大を受け、日本で学ぶ留学生の中に様々な課題に直面する人が出ている。生活を支えてきたアルバイトが減り収入が激減したり、就職の内定が取り消されるリスクに直面したりする留学生が出てきているのだ。

 日本政府はかねて「留学生30万人計画」を打ち出し、留学生の受け入れを推進してきた。実際に、留学生の数はすでに30万人を超えている。だが留学生の中には経済的困難を抱えながら日本で暮らす人たちが以前から存在してきた。特に日本語学校や専門学校の留学生は奨学金の受給率が低く、不安定なアルバイトの収入でなんとか暮らしてきた人も少なくない。そこに来て、新型コロナウイルスの流行拡大による景気悪化により、経済的なぜい弱性を抱える留学生が窮地に立たされている。

◇イベント自粛でアルバイトが減少

 アルバイトの仕事が減り、収入が減少したと困り果てているのは、フィリピン出身の男性、エンリレさん(仮名)。

 フィリピンの大学を卒業後、現地の企業に勤務していたエンリレさんは、日本の文化や日本語にあこがれを持ち、ある時、日本留学を決意した。その際、フィリピンにある仲介会社に日本の日本語学校の学費などとして合計90万円を支払った。この仲介会社は日本にパートナー企業を持つ会社だという。

 

 90万円という大金が手元になかったエンリレさんは、この資金を銀行や親族から借り入れ、なんとか賄った。借金を背負っての留学だった。

 来日後は、東日本にある日本語学校に通い日本語を学び始めた。ただし、エンリレさんには大きな借金がある上、日本での生活費もかかる。そこで彼はアルバイトをすることに決めた。また、日本語学校も留学生にアルバイトを紹介していたという。

 エンリレさんがまず経験したのは、大手物流企業でのアルバイトだった。時給は1000円。留学生は週28時間までしか働けないという規定がある上、授業もあるため、収入は月に10万円程度にとどまる。

 その後は、大型イベント施設で清掃のアルバイトをした。週に3日、計24時間程度働いた。時給はトレーニング期間が1000円で、その後は1200円だ。手取りは8万円から9万円だったという。

 エンリレさんはアルバイトの収入から日本留学のためにできた借金を返すとともに、家賃と食費、授業料をねん出してきた。

 

 しかし、彼の生活は新型コロナウイルの流行で一変した。人が集まるイベントが軒並み中止されたため、清掃の仕事が激減したのだ。収入は当然のように減っていく。しかし、家賃や食費など生活費はかかる。

 さらに、未払いの授業料も残っている。エンリレさんは最近、在籍していた日本語学校から未払いの授業料を支払うよう求められた。アルバイトの給与が振り込まれるのは少し先になるため、授業料をすぐには支払えない。

 「日本にいられて嬉しいのですが、こうした誰にも制御できない事態が起きるとは思いもしませんでした。なんとか頑張って、日本での暮らしを続けたいです」

 エンリレさんはこうつぶやいた。

◇内定取り消しの可能性

 内定切り――。そんな言葉がいつしか世の中に出回るようになった。これから社会に出て働こうという若い人たちが必死の思いで就職活動をし、やっと勝ち取った内定。しかし、それが突然取り消されるというのは、あまりにもむごい。

 そんな内定切りのリスクに直面しているのが、ベトナム出身の女性、ミイアインさんだ。

 20代のミイアインさんは日本に暮らして約5年。日本学校で2年にわたり日本語を勉強した後、専門学校で3年間学んだ。そして就職が決まり、この春からは飲食部門の企業で仕事を始める予定だった。しかし新型コロナウイルスの影響で、飲食部門が大きな打撃を受ける中、最近になり就職先の企業から入社時期を延期するとの連絡がきた。

 ミイアインさんはこう語る。

 「専門学校を卒業し、日本で働くために在留資格の手続きをしているところでした。でも就職先の会社から突然、今は仕事がないので、一度ベトナムに帰って数カ月待つようにと言われたのです。このまま内定が取り消されてしまうのではと、心配しています。

 それに、この春から就職できると思っていたので、つい最近、アルバイトをやめたばかりでした。今は収入がないので、ベトナムに戻るための旅費はありません。そんな中でも、家賃や食費はかかります。どうすればいいのか分かりません」

 内定の取り消しというリスクに直面しているのは、ミイアインさんだけではない。

 

 日本で暮らすベトナム人男性、アインさん(仮名)は最近、複数の友人から「内定を取り消された」と伝えられた。

 大半は飲食部門の企業に内定が決まっていた留学生だという。

◇留学生送り出しビジネスの拡大

 実は、ミイアインさんの留学生活は以前から困難なものだった。

 ミイアインさんは来日前、ベトナムの仲介会社に手数料として約100万円を支払い、日本の日本語学校を紹介された。ミイアインさんの家族はこの約100万円を借金して調達した。

 ベトナムでは政府による「労働力輸出」政策を受け、日本や台湾などへの移住労働が活発化している。その中で鍵となっているのが営利目的の仲介会社だ。仲介会社は労働者を海外に送り出すための手続きや採用の実務を担うかわりに、労働者から高額の手数料を取る。

 仲介会社の中には、留学生の送り出しもビジネスとして進めるところもある。仲介会社が留学希望者を「リクルート」する際には、日本に留学すれば「学びながら働ける」(vua hoc vua lam)として、アルバイト就労によって収入を得られることを強調することも少なくない。都市と農村の経済格差の広がり、残る貧困問題、若者の就職難といった事情もあり、ベトナムの若者の中には留学というルートを使い、日本での就労を目指す人もいる。また現実的に、日本の教育機関の学費、寮費、生活費をねん出するには、学業が主目的で留学をしたとしても、結果としてアルバイトをしなければ暮らしていけないという現実もある。

 中には、仲介会社に払う高額の手数料や学費のために大きな借金を背負った上で就労目的で来日し、借金返済のために規定を超える時間アルバイトに従事する留学生もいる。筆者の聞き取り対象者の中には、借金を背負い日本に留学し、日本語学校に通いつつ規定を超える時間アルバイトをした結果、入管に摘発され、送還された元留学生もいる。この人の場合、日本留学で得られるものがなく、借金だけが残った。

◇強いられた介護のアルバイト

 ミイアインさんの留学生活は当初から課題山積だった。

 ミイアインさんの家族は前述したように、仲介会社に約100万円を支払った。ただし、これには日本語学校の学費や寮費は含まれていない。彼女は来日後、日本語学校が決めた「特別な方法」で授業料を払うことになった。

 彼女が留学した日本の日本語学校は、地元で介護施設を運営する企業が経営していた。そして、この学校では、留学生はグループの介護施設でアルバイトをすることを求められたのだ。学校のスケジュールには、授業の時間割と介護のアルバイトのシフトが組み込まれているという具合だ。それも当初は、留学生はアルバイトを変えることができないと説明されていたという。

 介護の仕事は留学生が考えていたよりも大変だった。留学生の中には、出身国での説明会で、アルバイトは「お年寄りと歌を歌ったり、話したりするだけ」と聞かされていた人もいる。しかし実際にはシーツを変えたり、ごみを捨てたりと、様々な仕事をするよう求められた。

 ミイアインさんら留学生は車を持たない上、交通費を少しでも節約する必要があった。そのため移動手段は自転車だった。雨や台風の日もひたすら自転車をこぎアルバイトに行った。ミイアインさんは日本語の授業に出席していたものの、介護のアルバイトで体は疲れ切っていた。

 学費は介護のアルバイトの給料から引かれる仕組みだった。前述したように留学生は週28時間の就労時間の制限があり、そう長時間は働けない。そのため給料から学費や寮費などが引かれ、手元に残ったのは月に1万数千円のみだった。食料品を買うだけで精いっぱいの金額で、留学生は貧困状態に置かれた。同じ学校の留学生の中には、介護のアルバイトと生活苦から体重を大きく落とした人もいる。

◇「なにも得ずにはベトナムに帰れない」、アルバイトにより継続できた留学生活

 その後、ミイアインさんは専門学校に進むことに決めた。日本語学校はアルバイトに追われるとともに、苦しい生活を迫られ、決して良い経験ではなかったからだ。なにより「何も身につけられなかった」という思いが残った。

 「最初の日本語学校のときは本当に大変でした。2年日本語学校に通ったのに、アルバイトが大変で勉強に集中できず、専門的な知識も経験も身につけられないままでした。それに、当時は日本語学校に留学するための借金も返済が終わっていませんでした。でも、父にこのことを話せませんでした。心配をかけますから。ベトナムに帰ることなどできませんでした。専門学校に進んで、専門性を身につけて、就職したいと思ったのです」

 ミイアインさんはこう語る。

 その後に進んだ専門学校の学費は年間50~60万円程度。最初は友達に借金をして授業料を払った。その後、アルバイトをして生活費を稼ぎながら、友達に借金を返すことになる。

 

 長く続けたアルバイトは有名な飲食チェーンの店舗での仕事だった。時給は960円。専門学校に在籍した3年間、働き続けた。

 その店には、ベトナム人の同僚もいた。

 ミイアインさんは「日本の人手不足もあると思いますし、日本人はこうした仕事をしたくないのだと思います。従業員のほとんどは留学生でした」と話す。留学生なくして、その店は事業を続けられなかっただろう。

 介護のアルバイトを強いられた日本語学校での2年間を経て、専門学校に入り、アルバイトをしながら学業を続けたミイアインさん。最終的には企業の採用試験も突破した。しかし今、彼女は日本で就職できるかわからない、収入もない、という状態に陥っている。

◇「国策」と日本経済支える留学生

 法務省の2020年3月27日付発表「令和元年末現在における在留外国人数について」によると、日本の在留外国人数は2019年末時点で前年比7.4%増の293万3137人に上った。このうち「留学」の在留資格で滞在する人は前年比2.6%増の34万5791人となり、在留資格別では79万3164人の「永住者」、41万972人の「技能実習」に続く3位につけている。

 では、留学生はどのような教育機関で学んでいるのか。

 

 少し前の調査になるが、独立行政法人日本学生支援機構(JASSO)の「平成30年度外国人留学生在籍状況調査結果」によると、2018年5月1日時点で日本で学ぶ留学生(29万8980人)の在学段階別留学生数の内訳は大学院が5万184人、大学(学部)が8万4857人となった。一方、専修学校(専門課程)が6万7475人、日本語教育機関が9万79人となり、大学だけではなく、専修学校(専門課程)や日本語教育機関に多数の留学生が在籍していることが分かる。

 こうした留学生の多くはアルバイトに従事している。そして、留学生といっても背景は様々だが、ミイアインさんやエンリレさんのように経済基盤がぜい弱な留学生も少なくない。

 JASSOの「平成29年度私費外国人留学生生活実態調査」では、日本で学ぶ私費外国人留学生7000人にアンケートを送付し5704 人から有効回答を得た(有効回答回収率 81.5%、注1)。この結果、日本で学ぶ私費外国人留学生の中で、アルバイトをしている人の割合が75.8%に上ることが分かった。

 私費外国人留学生が従事するアルバイトの職種は「飲食業」が1,810人(41.9%)と最も多い。これに「営業・販売(コンビニ等)」が 1,250人(28.9%)と続く。ほかは「ティーチングアシスタント・リサーチアシスタント」が314 人(7.3%)、「翻訳・通訳」が289 人(6.7%)であるものの、「飲食業」と「営業・販売(コンビニ等)」の多さが目立つ。

 このように留学生は、飲食店やコンビニエンスストアなどで就労し、結果として日本の産業を支える貴重な「労働力」になってきた。もはや留学生なくして成り立たない事業者もいるだろう。留学生の「労働者性」が注目されるところであるし、留学生が労働者としてきちんと保護されているのかも問われるところだ。

 留学生がここまで増えたのには、そもそも国の政策による後押しがある。80年代の中曽根内閣時代に策定された「留学生10万人計画」を経て、2008年には2020年までに留学生を30万人まで増やすという「留学生30万人計画」が打ち出された。だが、そのような国策の一方、留学生の経済状況の改善や修了・卒業後の進路の確保に向け、奨学金制度(注2)の整備や就職支援などの措置がどこまで具体的かつきめ細かに講じられてきたのだろうか。

 

 文部科学省のホームページでは、留学生30万人計画について以下のように説明している。

「『留学生30万人計画』は、日本を世界により開かれた国とし、アジア、世界の間のヒト・モノ・カネ、情報の流れを拡大する『グローバル戦略』を展開する一環として、2020年を目途に30万人の留学生受入れを目指すものです」

出典:「留学生30万人計画」骨子の策定について

 

 さらに、このホームページには目標達成に向けた方策として「受入れ環境づくり~安心して勉学に専念できる環境への取組~」「卒業・修了後の社会の受入れの推進~社会のグローバル化~」などが挙げられている。

 不安定な経済状況の中、日本で学び、働き続けてきたエンリレさんとミイアインさん。2人には「安心して勉学に専念できる環境」がどれほどあったのか。そして今、2人が直面している困難がある。「世界により開かれた国」を目指すはずのこの国は、困難に直面する留学生に手を差し伸べることはできているのか。(了)

 注1)内訳は、日本の国立大学67校892人、公立大学14校106人、私立大学212校2203人、短期大学17校47人、専修学校(専門課程)100校1550人、準備教育課程12校94人、日本語教育機関145校2108人(出典:独立行政法人日本学生支援機構(JASSO)の「平成29年度私費外国人留学生生活実態調査」

 注2)独立行政法人日本学生支援機構(JASSO)の[https://www.jasso.go.jp/about/statistics/ryuj_chosa/__icsFiles/afieldfile/2019/04/04/ryujchosa29p00_4.pdf 「平成29年度私費外国人留学生生活実態調査」によると、在籍段階別奨学金受給者では、「大学院博士課程・博士後期課程」の留学生の奨学金受給率が74.3%と最も高く、これに「大学院修士課程・博士前期課程」が62.7%、「学部正規課程」が 54.3%で続く。奨学金の平均月額は大学院博士課程・博士後期課程が8万9000円、大学院修士課程・博士前期課程が6万9000円、学部正規課程が5万4000だ。しかし「日本語教育機関」の私費外国人留学生の奨学金受給率は14.2%のみで、奨学金の平均月額も3万円。「専修学校(専門課程)」の奨学金の平均月額は5万2000円で学部正規課程の留学生に近いものの、受給率は26.4%にとどまる。

研究者、ジャーナリスト

東京学芸大学非常勤講師。インドネシア、フィリピン、ベトナム、日本で記者やフリーライターとして活動。2015年3月~2016年2月、ベトナム社会科学院・家族ジェンダー研究所に客員研究員として滞在し、ベトナムからの国境を超える移住労働を調査。一橋大学大学院社会学研究科修士課程修了(社会学修士)。ケベック州のラバル大学博士課程に在籍。現在は帰国し日本在住。著書に『奴隷労働―ベトナム人技能実習生の実態』(花伝社、2019年)。

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